伊澄は走っていた。それはもう全力疾走で学園内を駆け抜ける。
振り返れば十数メートル後ろにどこぞの学校の男子の制服を持った林檎の姿。

「伊澄ーーー!」
「林檎!来ないで!!」

ぱっと角を曲がる。スピードを落とさず前を見ないで走ったため誰かに当たる。

「わっ」
「いてっ」

お互い尻餅をつき相手を確認する。彼は確かSクラスの来栖翔だ。休み時間にやっていたダンスを見て伊澄が目をつけた一人。
彼は伊澄を見て驚いた顔をした。

「お前…ウワサの林檎先生の従兄妹か!」
「…そうだけどなに!サイン欲しいの?でも今は私急いでるからまた後で!」
「は、いらねえよそんなの。ていうか急いでんのは俺の方だから!」

落ちた帽子を被り直してつっかかってくる。なにをー!と顔を近づけ睨み合う。するとお互いの後ろから声がした。
「伊澄これ着てってば!!」
「翔ちゃーん!ピヨちゃんですよーー!」
「「………」」

睨み合っていた二人はもう一度見つめ合う。そしてガシッと手を取り握り合った。「こいつは仲間だ!」と。お互い口にせずとも通じ合った。

「行くぞ」
「逃げれるならどこへでも!」
「うし、じゃあここだ」

帽子の少年は高々と上を指差す。その先には伊澄達より頭一つ分高いところにある窓だった。





「きゃ、ちょっと!土台が動かないでよ!」
「お前がたらたらしてるからだろ!早く出ないと俺が捕まるんだよ」

やっとのことで窓を通れば最後の最後で足を引っ掛け地面に落下する。

「いたた…」
「ふぅ、なんとか撒けたぜ」

その声に顔を上げれば既に窓を飛び越えた彼の姿。土台もないのに飛び越えるのはやっ、と驚く。

「大丈夫か?」
「これくらい男装よりマシよ」

詳しく言えば男装が嫌というよりは男装した時の林檎のテンションが嫌なのだ。あれこれ構われてうんざりする。ただ彼の方は「ピヨちゃん」と言われていた。……ピヨちゃんは絶対嫌だな、と伊澄は同情した。

「ありがと土台くん」
「土台って呼ぶなよ!俺は来栖翔だ!」
「……さっきの声って、四ノ宮くん?」
「なんだお前、那月のこと知ってるのか」
「お前じゃなくて月城伊澄ちゃんだよ」

低い声が響く。声のした方を向けば女ウケの良さそうな顔をした男の姿が。

「やあ、また会ったね。レディ」
「これは神宮寺くん、こんにちは。ではごきげんよう」
「つれないね」
「そうでしょうとも。今は緊急事態だからね」
「そうだね。女の子が怪我しちゃ緊急事態だよね」
「怪我?」
「擦りむいてるよ」

視線を見れば足にそれらしき跡が。多分落ちたときにできたものだろう。翔が慌てる。ここの生徒は半分がアイドルを目指しているため傷やニキビなどに敏感に反応する。

「大丈夫か?保健室行くか?」
「待て、翔。なら俺が」
「結構です。ていうかこんな傷保健室行かなくても平気だって。水で洗っとけば充分でしょ」
「…随分大雑把なレディだ」

けど、そんな伊澄も素敵だよなんて笑うレンに溜息をつく。この学園恋愛禁止って言われてるのに女の子と一緒にいるところしか見たことがない。なんでお咎め無しなんだろうと不思議に思う。あれは恋愛ではないから、なのだろうか。よく分からん。
だがレンにはアイドルの卵として目をつけた一人なため何だかんだ話すことも多い…気がする。

「そうだ神宮寺くん、林檎と四ノ宮くん止めてよ」
「それは翔の仕事だ」
「なんでだよ」
「俺が伊澄担当だから翔が二人担当だ」
「だからなんでだよ!」

漫才みたいだ、と可笑しくなる。キャラ的に合わない二人だと思っていたけどどうやら違ったようだ。

「そろそろ中に戻る?」
「そうだな。もう那月も諦めた頃だろうし」
「林檎も仕事あるって言ってたし」
「……」
「…なに?」

なんだか驚いた顔をしていたレンにどうしたのか尋ねれば「背同じくらいだし息ピッタリだしお似合いだなと思って」と言う。
すると伊澄と翔は同時に「どこが!」とレンに抗議した。

「あたしたちはアレよ」
「そうだ、アレだ」
「アレって?」
「「逃げるが勝ちの会」」

頷き合う二人にそんな会嫌だと密かに哀れむレンだった。


私たちはそういう関係
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