「…あれ」
一日の授業が終わり静まり返っている教室。窓から夕日が見える。音也は机に携帯を忘れたことに気付き取りに来た。
誰もいないかと思っていた教室に入ると残っている人物が一人。
「リンちゃん…じゃなくて、伊澄?」
座って机に突っ伏して動かない伊澄。近くに寄って覗き込むとすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
授業中は教室に近寄れないため学園内でぶらぶらしていると聞いたが今日はスタジオで授業だったため教室にいたんだろう。
「こんなとこで寝てたら顔半分日焼けするよー」
ぴくりともしない。
音也はとりあえず夕日を遮るようカーテンを閉める。
「伊澄ー…あ、」
よく見るとピンクのコードが伊澄の耳元から伸びているのが見えた。ああ、音楽かけながら寝てたんだ。それで寝てるって器用だ。
コードを目で辿り、プレイヤーを見つける。停止ボタンを押せばパッとディスプレイが光る。
「…え、」
それを見て音也は目を見開く。ディスプレイには見覚えのある曲名。そしてアーティスト名には「一十木音也」の文字。
「…ん、…あれ、音也?もう終わったの?」
曲を止めたからか目を覚ました伊澄。イヤホンを外し時計を見る。
「うわ、コンビニ行こうと思ってたのに」
「伊澄…これ」
「ん?」
「今聴いてたのってさ、」
伊澄にプレイヤーの画面を見せるとぱっと顔を輝かせる。
「あ、これ春歌と音也が作ったんだって?この前合格者の音源聴いたんだけど、ハマっちゃって林檎に頼んでデモ音源貰ったの。すごい良い歌だよね」
「…!でしょ!歌詞作りって出来なくて焦ってたんだけど春歌が口ずさんでるの聴いてこれなら作れそうって思ったんだ」
「へえ」
「最初こんなのでいいの?って聞かれたんだけどさ、良いメロディーだよね。俺、初めて聴いた時からこの曲すごい好き」
「うん、春歌は良い曲作ると思う」
「だよね!ほんと春歌凄いよ!」
そう言うと伊澄は我慢出来ないというようにぷっ、と吹き出した。そして肩を震わせて笑う。
「え、ど、どうしたの」
「だって…音也だって歌詞を作って歌って春歌と二人で作ったのに、春歌のことばっか褒めてるんだもん。あなた達二人の曲なのに」
「え…そうかな」
「そうだよ」
まだ肩の震えが止まらない伊澄に音也は「なんだよー」と顔を赤くさせる。
「ううん、でも…春歌は本当凄いと思ってる。個性に合った曲だから音也の声に合ってるしこのテンポの曲個人的に好き」
「そ、そう」
「なにより楽しそうに歌ってるもんね」
「…ありがとう」
うん!と笑う伊澄。彼女は音楽に対してお世辞は言わないしなにより「個人的に好き」はプレイヤーに入っていることが証明している。自分達の曲が良いと思って聴いてくれるのは本当に嬉しい。そう思ってくれるような歌を歌えるアイドルになりたい、とこの学園に入ったのだから。
「……じゃあ、伊澄は第一のファンになってくれる?」
「あら、まだデビュー出来るかも分からないのに?」
「うっ…」
痛いところを突かれる。けど、デビューしたいからこの学園に入ったのだ。歌の腕を磨くために。
「ぜ、絶対デビューするから」
「うん。その向上心が大切」
片手で頬杖をついてにこっと笑う。「まあデビューしてないあたしが偉そうに言っても説得力ないけど」と立ち上がる。
「そんなことない」
「…もう夕ご飯の時間だね、行こう」
「うん」
今日はラズベリーケーキ売店で売ってるらしいよ。そう言うが早いか伊澄は目を光らせ音也を置いて凄い速さで走って行った。
「伊澄待ってよー!………あ。携帯忘れた!」
あいうえおの気持ち