「…ん?」
お昼休みもそろそろ終わる頃、教室に戻ってきた音也は見慣れない生徒が廊下にいるのを発見した。
黒髪の男子生徒。他のクラスの生徒は知らない人も大勢いるし不思議に思わないが、自分のクラスの教室を見られているのは流石に気になる。
「ねえ、どうかしたの?」
「……あんた、Aクラスの生徒?」
「うん、そうだよ。君は?」
「ちょうどよかった。月宮林檎先生どこにいるか知らない?探してんだよね」
音也の質問はスルーし話を続ける。けどそれに嫌な思いもせず「先生ならもうちょっとで来ると思うよ。予鈴も鳴ったし」と答える。
彼は素っ気なく「ふぅん」と答えただけだった。だが少しして口元が緩み、音也を見た。
「ねえ、あんた名前は?俺は月城伊澄」
「あ、俺一十木音也!よろしくね」
「一十木…珍しい名前だな」
「音也でいいよ」
にっこりと笑う。すると二人に気付いたクラスの仲良いメンバーが廊下に集まってきた。
「どうしたんですか?一十木くん」
「あ、七海!…えっと、リンちゃん探してるんだって」
「ちょっと、春歌だけー?私達にも言いなさいよ」
「わ、ごめんごめん」
友千香に慌てて謝る。伊澄は一歩前に出てにっこり笑った。
「俺、月城伊澄っていいます。よろしく」
「よろしく。渋谷友千香よ」
それに続いて全員自己紹介したところで伊澄の笑みが更に増す。誰も自分が早乙女学園の生徒だと、男だと信じている。男装は嫌だけど騙せるのは楽しいから好きだ。
「…ていうか林檎先生遅くない?」
「ですね、もうあと数分なのに」
「あ!トキヤー!」
音也が大きく手を振る。見ればそこには名前の通り一ノ瀬トキヤが歩いていた。
もう授業が始まるというのにマイペースな奴だ、と伊澄は呆れる。
トキヤはこちらに気付くと伊澄を目に止めた。少し目を見開いたかと思うとすぐに「はあ、」と溜息を吐いた。失礼だなオイ。
「月城さん、なにをしているんですか?」
「トキヤ知ってるの?」
「音也ってトキヤと知り合いなんだ」
それぞれ質問が飛び交う中、音也が「ルームメイトなんだ」と教えてくれる。なるほど、知り合いな訳だ。
トキヤはじっと伊澄を見ていた。それに伊澄は嫌そうに顔を顰める。
言いたいことは分かる。どうしてそんな格好をしているのか。ご丁寧にカツラまで被って見事な男装が完成している。
「月城さん」
「俺の趣味じゃないぞ。林檎にやられたんだ」
「では、どうして声を変えてるんです?その口調は?」
ギクリと伊澄の肩が跳ねる。
それは…綺麗に騙される人を見ると快感というか。にへ、と笑った伊澄にトキヤはまたしても溜息を吐いた。
「あーもう、分かったよ!」
不思議そうに会話を聞いていた音也達に耐えられなくなり伊澄はがばっとカツラを取る。
本当はトキヤがこんなに人と話してるのを見るのは初めてで驚いていただけなのだが伊澄もトキヤもそれには気付いていない。
みるみる皆に驚きの表情が浮かんだ。
「え、林檎先生…!?」
「違います。背の高さが違うでしょう」
自分だって最初分からなかったくせに、と伊澄はジト目になる。
「あたしは月城伊澄。月宮林檎の従兄妹よ」
「…!」
「月城さん女性なんですか!?」
「伊澄くんじゃなくて伊澄ちゃんってこと!?」
驚くとこそこ?というツッコミは今までに何度もしてきたのでスルー。アルト声からソプラノに変わって余計に驚くAクラスのみなさん。伊澄はその反応に満足そうな笑みを浮かべた。
騙している時も楽しいがネタばれする瞬間のワクワク感がたまらない。
「林檎に男子の制服着せられた上、元の服隠されちゃって。探してたのよ」
「凄い!俺全然気付かなかったよ!そっくりだね」
はしゃぐ音也に手を掴まれる。輝いた目で見つめられ罪悪感が生まれる。こんな人を騙して良いものなのか。伊澄は「あははは、ありがと…」と苦笑いを浮かべた。
「その制服と声だったら、本当に分からないな」
「そうだろ、俺が本気を出せばこんなもんだ」
聖川の感嘆の声に満足したのか伊澄はアルト声で自信満々に言った。
そして私の名前