「あなた、HAYATO?」

その声に廊下を歩いていた生徒は立ち止まり不機嫌そうに振り返った。眉を顰めるが相手を確認するとなんとかそれをおさめる。しかし仏頂面のまま言った。

「先生、前にも言った通り私はHAYATOではありません。弟の一ノ瀬トキヤです」
「…ふふ、あたしの目は誤魔化されないわよ」
「…月宮先生」

険しい顔をするトキヤ。彼は何か言おうとしたのか口を開いたが何故か驚いた顔をして止まる。
どうしたんだろうか。首をかしげる。

「なーにーを、やってんのアンタは!」
「いたっ」

頭をおさえる。振り返ると予想通りと言うべきか、ジト目でこっちを見つめている月宮林檎が立っていた。

「あ、…林檎…」
「もう、アンタは私の名を使って私の可愛い生徒達を騙さないでちょうだい」
「…先生、どういうことですか?」

トキヤは林檎だと思っていた方を見る。
よく見れば背も低いし林檎よりも幼い印象を受ける。声だってアルト声だが高い印象だった。しかし気付かなかったのは容姿が月宮林檎そっくりだったのだ。本物が現れてからは高いソプラノ声に変わったがそれはまるで月宮先生と話していたようだった。

「あー、この子は私の従兄妹の月城伊澄。訳あって預かってるの」
「預かってもらってはないわ。一人暮らしだし」
「毎日のように家に転がり込んでるんだから預かってるようなものじゃない」

こんなナリだしちょっとばかしこっち方面の才能があるからシャイニーも気に入って学園の出入りが許可されてるのよ、と苦笑いに似た笑みを浮かべる。

「はあ…」

なんと返したらいいか困っていると林檎に似た従兄妹、月城伊澄はなぜか偉そうにトキヤを見た。

「あなたアイドルコースなんでしょ?歌で悩んでることあったらあたしのとこ来なさい」
「ちょっと、ここにいれる条件分かってる?」
「生徒に授業内容の手助けは禁止、でしょ?でも歌の悩みは授業のこととは限らないわ」
「はあ……くれぐれもやめてよ。私が伯母さんに怒られるんだから」
「はいはい」

伊澄は軽く相槌を打つとそろそろ行かないと、と腕時計を見ながら言った。小走りに走り出すと「あ、」と立ち止まる。そしてトキヤの目の前に戻った。林檎より背の低い彼女は見上げながらトキヤをじっと見つめる。

「…?あの、」

すると伊澄は背伸びをし、耳元でこっそり言った。

「HAYATOのことでも悩んでるなら相談しなさい」
「っ、」

ぱっとトキヤから離れると伊澄は「林檎!夜ご飯までに戻るからー!」と言いながらさっき向かっていた方向へ走りだした。

「……」
「ごめんなさい。あの子けっこう特殊な子だけど、一応仲良くしてあげてね」
「は、はい」

こんなに似てるんだから色々苦労してるんじゃないかと思うがすぐに自分に月宮林檎として話しかけてきたのを思い出し思い留まる。
普通は「月宮林檎は自分じゃない」と決してマネしない気がするが。そういう意味でも「特殊」なのかもしれない。
そして、最後のあの言葉。彼女はどこまで知っているのだろうか。トキヤは伊澄が走って行った道をぼんやりと見つめた。


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