伊澄は空を見上げて憂鬱になる。退屈な授業も終えやっと解放されたというのにこの雨じゃ素直に喜べない。傘を片手に溜息を吐く。
雨のせいかいつもより人通りが少ない道を歩いていると、傘もささずにゆっくり歩いてる人影が見えた。こんな日に傘を忘れたんだろうか。お気の毒に。
同情するが半分入れてやろうなんて気は起きない。そんなお人好しは滅多にいないだろう。人影はゆっくり歩いてるため次第に近付いていく。その距離が5メートルにもなるとあれ?と首を傾げた。

「…トキヤ?」

やっぱり。ずぶ濡れになって歩いていたのは学園のスター(の卵)一ノ瀬トキヤだった。
知り合いと分かれば話は別。伊澄は急いで傘をトキヤに向けた。

「月城さん…?」
「なんで傘もささないでいるのよアンタは」
「さっきまで撮影だったんです。学園まで車で送ってもらうわけにはいかないので途中で停めてもらいました」
「だからってもうちょっと先でも良かったんじゃ」

まだ学園には距離がある。雨が降ってるのにこんな所で降りる方が怪しまれるんじゃないだろうか。

「撮影って?」
「バラエティの」
「最近歌よりバラエティのが多いね」
「それは…」
「自覚してるならいいんだけどさ」

プロのアイドルとして活動しているならプロにしか口を出せないこともある。伊澄は鞄からタオルを取り出しトキヤの顔や髪を拭う。
気にしてるのだろうか。普段なら伊澄の手を払い避けようとするが今はされるがまま。拭いてやってることも気付いてないくらいの勢いだ。

「なにも聞かないんですね」
「なにもって?」
「バラエティばかりなこと」
「…アイドルにも色々あるし、それは真面目な話事務所との問題でしょ?あたしからはなにも言わないよ」
「…そうですね」
「けどトキヤが聞いて欲しいなら聞くよ」

伊澄から目線を外していたトキヤは彼女を見つめた。まるで今の言葉に驚いたというように。
伊澄は傘を持っていない手で「チッチッチッ」と指を揺らした。

「言ったでしょ?『歌で悩んでることあったらあたしのとこ来なさい、HAYATOのことでも悩んでるなら相談しなさい』って」

初めて会った時、林檎のフリをして話しかけて来た伊澄が言った言葉だ。
トキヤはあ、と思い出すと伊澄は満足そうににっこりした。

「一緒に考えれば良い解決策浮かぶかもしれないじゃない?」
「…そうですね」
「わ、トキヤが笑った!?」
「……君は時々失礼です」

すぐにむっとした顔になるトキヤ。HAYATOの笑顔でもないトキヤの笑顔を初めて見た気がして伊澄は少し嬉しくなった。

「傘持って。高くあげるの疲れた」
「はい、すみません」

即答して傘を持ったトキヤに伊澄は調子に乗る。

「そろそろ名前で呼んで」
「え?」
「はい、どーぞ!」
「…月城さん」
「駄目か」


ああしてこうしてそうしましょう
- ナノ -