「で、どうなの?」
「あたしがいいな、って思った人は何人かいるけど。…林檎聞きたいの?」
「……私は才能溢れる子を見つけるんじゃなくて学園の生徒みんなを成長させる立場の人間だから名前は聞かないわ」
「そうだよね」

顔を綻ばせた伊澄は林檎に麦茶を差し出す。やっとテストが終わった伊澄の家に様子見がてら林檎が尋ねて来たのだ。マンションの管理人に伊澄本人と間違えられたが曖昧に誤魔化してやって来た。いつもと逆の立場で新鮮だったと麦茶を口に入れて思う。

「って、そうじゃないわよ。テスト!どうだったの!?」
「まだ返って来てないよ。今日終わったんだよ?」
「テスト終わった感想とか」
「無理に保護者ぶらなくていいから」

はっきりと言われて林檎はぶすっと頬を膨らませる。親でも兄妹でもないただの従兄妹。けど、昔から伊澄を知っているし彼女の両親がいない今、未成年の伊澄は自分が育てる!と思っているのだ。
伊澄からしたら勝手に意気込んでる林檎はうっとおしいと感じてるだろうが。
「この前買ったブラウニーあるけど食べる?」と棚を漁る伊澄に構わずソファに沈む。ふと机を見ると書きかけの楽譜があるのに気付いた。

「……伊澄、これあんたが作曲したの?」

言った瞬間ばっと伊澄が慌てて林檎の手から楽譜を奪う。

「良いと思うけど貴方のイメージとは少し違うわね」
「違うよ!これは友達の曲!良いなって思ったから忘れないように書いといたの」
「友達?だれ?」
「名前は聞かないんでしょ?」

ふふん、と笑った伊澄。これは砂月に会った時にちょっとだけ見せてもらった曲の写しだ。今度会えた時にと前持って準備していた。大事そうに抱えた楽譜を林檎がまた見ないように引き出しにしまう。
伊澄は気に入った曲はとことん聴くタイプだ。人気のない芸人が歌に合わせてギャグを言うという決して面白くないネタでもメロディーが気に入ったとDVDにダビングして何回も聞く。

「一度レコーディングルームで歌ってるとこ聞いてみたいわー」
「言っとくけど、授業中は立ち入り禁止だからね」

うっとりする伊澄に眉を顰める。レコーディングルームは主に授業で使うためそれ以外では中々使わない。釘を刺すと伊澄は林檎を見てにやりと笑った。

「ね、林檎。テストの点良かったら聞いて欲しいことがあるんだけど」





「四宮くーん!」
「…わ、月城さん!テスト終わったんですね!」
「はい」
「嬉しそうですね。テスト良かったんですか?」
「ま、あたしにかかればどうってことないわよ」
「それは良かったです」
「…でさ、四宮くん」
「はい?」
「今度この曲歌ってくれる?」
「……これを?誰の曲ですか?」
「さあー」

那月から目を逸らし誤魔化すようににっこりする。

「四宮くんの歌聞いてみたいから」
「…はい!じゃあ今度」
「ほんと!やった!」
「伊澄ちゃんの曲ですか?」
「…えっと、違うよ」

変に濁したのを勘違いしたのか「そうですか?」と笑う那月。

「…ていうか名前初めて呼ばれた」
「伊澄ちゃんも名前でいいですよ」
にっこり笑う那月はやっぱり恐い面影なんてない。すごいなあ、と伊澄は頷きながらしみじみとした。


プシュケーを込めて
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