ガタン、

自分以外誰もいないはずの教室で物音がする。外を眺めていた伊澄が後ろを見れば構わず席に座り突っ伏すトキヤの姿。
伊澄は「え、あたしは無視ですか」と溜息を吐くと身体ごとトキヤに振り返った。

「ハードすぎない?昨日の夜に生のトーク番組出てたでしょ」
「……何度も言っていますが」
「あーはいはい。貴方は一ノ瀬トキヤくんね」

トキヤの前まで来ると「ていうか音也には何て言ってるの?ルームメイトでしょ?」と椅子を引いて座る。

「…アルバイト、だと」
「成る程ね」

言ってないわけだ。だが確かにどこから情報が漏れるか分からない。アイドルを目指している此処の生徒に既にアイドルがいるとなれば良く思わない人もいるだろうと。音也が漏らすとは思えないがうっかり話してしまうことは容易に想像出来る。
というか伊澄の誘導とはいえ今の答えで自分はHAYATOだと認めてしまったことに気付いているだろうか。むしろ自分でうっかりとかあるんじゃないかと伊澄は苦笑いした。
突っ伏して動かないトキヤをじっと見つめる。

「眠い?」
「…少し休憩するだけです。貴方は関係ないんですから放っておいてください」
「んー、確かに関係ないけど」

伊澄は学園の生徒でも教師でも無く芸能界にも属してない。だが、ただの一般人とも言えない。
それとは逆に、学園の生徒でアイドルで、だが一般人として通っているトキヤ。どうしてこんなことしてるのかは知らないが自分で決めたことだろうから誰にも弱音は吐けないだろう。
だからどこにも属さないあたしには弱音吐いてもいいよ、と。

「…月城さん」
「伊澄と呼びなさい」
「どうして分かったんですか?」
「…なにが?」
「双子の兄弟なんかではないと」

ああ、と伊澄は納得する。というか本格的に認めたな。こっちを見ていないことは分かっているが得意気に言った。

「よく言うでしょ?人が嘘を吐くとき、視線は左を向くって」
「…そんなことですか」
ようやく顔を上げたトキヤ。ジト目でこちらを睨む。「勘よりも正確でしょ?」と伊澄は笑った。

「……寝ます」
「どうぞ」
「…なんですか」

やっぱり寝不足なんだろう。隈ができている。目を瞑ったトキヤに伊澄は目頭をそっと手を当てた。

「気にしない気にしない」
「月城さん」
「伊澄と呼べって言ったばかりだろが」
「……」

手を当てているが構わずトキヤは目を開けた。そして外せと言わんばかりに伊澄の腕を掴んだ。手はそのままに伊澄はむっ、とトキヤを見る。

「手当てって、本当に効くらしいから」
「手当て…?」
「少しは深い眠りにつけるよ」

微笑ったのが分かったのだろうか。トキヤは溜息をつき、諦めたというようにまた目を閉じた。

「30分放っておいてください」
「ん、了解」


もっと甘えな、
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