「音也、ごめんね!」
「………」
「おーとーやー!」

つーん、そんな効果音が聞こえてきそうなほど追ってくる伊澄を無視してすたすたと歩く音也。さっきからこの調子で学園の敷地を周っている。
那月のお菓子を勧められ、音也を壁に回避した伊澄はなんとか危機から逃れたが音也はその日一日倒れていたのだ。今はこうして歩き回れるほど回復したが流石に優しい音也も怒っているらしい。伊澄が話しかけても無言を決め込み、追いかけても離れるように逃げていく。
あからさまな拒否に落ち込みたくなるが原因は思いっきり伊澄にあるため「音也のばかぁ!なんで無視するの!」と言うことも出来ず。ただひたすら逃げる音也を追いかけていた。

「……」

しばらくすると音也はこっちを見ようとはしないが庭の橋の真ん中で足を止めた。伊澄はほっとして歩幅を緩める。それを狙ったのか音也は急にダッシュした。

「あーっ、おとや…きゃっ」

ドッボーン

「っ、伊澄!?」

走ろうとした伊澄だが足がもつれて橋から落ちる。池に丸々つかってしまう。
その音に気付いたのか音也も振り返った。

「な、なにここ!なんでこんな深いの!」
「伊澄!大丈夫!?」

流石にここで無視することはせず、手を差し出す音也。それに掴まると伊澄はなんとか橋に這い上がった。綺麗な池だったことが不幸中の幸いだろうか。

「…び、びびった」
「ごめん!俺のせいだね」
「……音也は悪くないよ。あたしが勝手に落ちたんだもん」

びしょびしょになった伊澄を見て申し訳なさそうに眉を潜める。確かに音也を追いかけていたとはいえ完全に自分の不注意だ。しかも元の原因は伊澄が音也を壁にしたから。分かっているがずぶ濡れのこの情けない状況に涙が出てくる。

「あたしのせいだから。謝る必要ない」
「伊澄、このままじゃ風邪引いちゃう。戻ろう」
「……音也、もう怒ってない?」

不安そうに見つめてくる伊澄に反省する。別にそんなに怒ってた訳でもなかった。ただ自分を追ってくる伊澄が面白かったから少し遊んでいただけ。けど彼女からしたら怒っていると思って必死に追いかけてたんだろう。そして池に落ちた。伊澄は気付いていないがこれは音也のせいなのだ。
でもこれを口に出す訳にもいかず音也は立ち上がりにっこり笑う。もう怒ってないよ、と。羽織っていたブラザーを脱いで伊澄の肩に乗せた。

「え、音也…ブレザー濡れちゃう…」
「良いよ。ブレザーより伊澄が大切だから」
「でも」
「それに…透けてる」

最後は小さく呟いたため伊澄はしばらく何と言ったのかと考えていたが理解するとたちまち顔を真っ赤にさせた。

「お、音也のばかぁ!」


それは突然の動悸とともに
- ナノ -