※途中まで「焦凍と本命チョコ」と全く一緒です
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「轟くん! これ…良かったら、貰ってください!」
「…ありがとう」
これで何個目だろう。はなから個数なんて数えていないが、とにかく量が多い。年々増えていってるのも、気のせいではないはずだ。
そして不思議なことに、一人来ると数人が一気に来る。同調というやつだろうか。
少しため息が漏れそうな、そんな時。視界の隅に入る牡丹と男子。
「神崎はチョコとかねーの?」
「…!」
軽いノリだった。だが牡丹は心底忘れていたように、その男子を振り返る。
「配るもの…なのか?」
「知ってる男子には配るんじゃねーの? 最近は女子同士でも友チョコとかってやるらしいし」
「そうなのか…すまない、用意してないんだ」
「えー残念」
あれは作り笑顔だな、と焦凍は気付いた。牡丹が鞄を持って教室を出て行こうとしたところ、数人の女子に囲まれた。
「神崎さん! う、受け取ってください!」
「つまらないものですが…!!」
「あ、ありがとう」
あれは…噂のファンクラブか。まさか実際に行動するとは思わなかった。
驚きを隠せない牡丹は、笑ってその包みを受け取る。だが、その包みを眺める表情にも違和感。
「(…何考えてんだ)」
「………」
結局牡丹は、女子達の相手をした後教室から消えて行った。
―――
「…黒はまずかったか…」
小さな黒い箱に、白いリボン。自身の鞄から取り出したそれは、焦凍用にと牡丹が作ったチョコが入っている。
去年、バレンタインに興味がなくそのままスルーしようと思っていたら焦凍に拗ねられたのだ。あんなに貰っているのに焦凍は欲張りだ。
というより、牡丹でもバレンタインくらいは知っている。ただその意味合いから、焦凍にチョコを渡すという行為が恥ずかしすぎて、先送りにしてしまったのだ。今年こそは、という思いでチョコを作ったはいいが。
牡丹はため息をついて、さっきもらった女子達の包みと自分のを見比べた。
「…これが女子力というやつか」
ピンク色にハート柄や猫を形どったものなど、色々。そういえばさっき焦凍が貰っていた包みも赤色だった。
飾り気のない牡丹のラッピングと、女子達の可愛らしいラッピング。牡丹はもう一度ため息をついて、空を見上げた。
「今日は生憎の雨模様だな」
屋上で一人佇む牡丹は、ぽつぽつと落ちてきた雨を弾いて少し笑った。
―――
「轟くん! 作りすぎたからちょっと食べてくれないかな?」
「…わかった」
嘘つけそんなにきっちりラッピングして! と牡丹は心の中で叫んだ。そしてやはり今年も思う、そんなに貰ってるなら私の分は必要ないだろう、と。だがここで、自身は焦凍の彼女であることを思い出した。
そう、今年は逃げられないイベントになってしまったのだ。
「―――牡丹」
「ふぁ!?」
「…どうした」
「え! いきなり呼ばれたから驚いた!」
「さっきから何回も呼んでる」
「そうか…気付かなかった」
「食堂行くぞ」
「わかった」
気付けばお昼時だった。焦凍が呼びに来るのがいつもより5分程遅い。女子が持ってくるから席から離れられなかったのだろう、と牡丹は心臓をなだめながらそう思った。
「先座っとけ。何がいい」
「そうだなー…寒いからきつねうどんがいい」
「わかった」
食堂は混むので、牡丹が席を取って焦凍が買いに行く、というスタイルが定着していた。運よく二人分の席を見つけて焦凍を待っていると、女子が3人牡丹を囲む。
「あの…神崎さん、」
「?」
「今日も轟くんと食べるんだよね? これ、渡しといてもらえないかな!」
「え、」
問答無用で渡された、チョコが3つ。女子達は牡丹の返答も聞かず離れて行ってしまった。
「(…人に頼むなんて豪快だな…)」
牡丹は感心しながら、渡されたチョコを眺めた。そこで、閃く。
「(…これと一緒に渡せば、意識することなく渡せるんじゃないか!?)」
我ながら名案だと言わんばかりにそこに黒い箱を一緒に並べた。中にはちょっとした手紙が入っているから誰のものかわからない、なんてことはないはずだ。
「悪い、待たせた」
「いや、いつもありがとう。助かるよ」
きつねうどんを手渡され、焦凍が席に着く。食べ終わってからでいいかと、2人で手を合わせた。
―――
「焦凍、これ」
「?」
「さっき女子達が来て…代わりに渡してくれと頼まれた」
「…何かされてねぇだろうな」
「いや、渡されただけだ」
食事が終わり、焦凍の前に差し出した包み四つ。焦凍はまじまじとその包み達を見つめて、少し笑った。
「?」
「…そうくるとはな」
「…!」
黒い箱を手に取って、焦凍は嬉しそうに笑う。レアだと思うと同時に焦燥感。
「これだろ?」
「な、どうしてわかるんだ!」
「お前のならわかる」
「答えになってない!」
ああ! と真っ赤な顔を両手で覆う牡丹を眺めて、焦凍は笑みがもれるのを堪えた。
「今開けていいか」
「…どうぞ…あ、手紙は帰ってから読んでくれ…!!」
「わかった」
しゅる、とリボンが外されていく。ばれただけでも恥ずかしいのに、目の前で開けられるのはもう目眩がしそうだった。
中に入っているのは、クッキーとフォンダンショコラ。
焦凍はクッキーを一枚手に取って、一口かじった。
「美味い」
「…良かった」
「次も楽しみにしてる」
「…次があること前提なんだな」
「当たり前だ。別れる予定はねぇよ」
「え、あ、そうだな」
「顔が赤い」
「焦凍のせいだ!」
「それは悪かったな」
悪かった、と言いながら拗ねる牡丹の頭を撫でる焦凍。
「…やっぱりデキてたんだよ…」
二人の間に決定的なものが無かったからこその僅かな希望は、焦凍の笑顔と牡丹への態度で粉々に砕かれてしまった女子達だった。
―――
おまけ
自分の部屋で、焦凍は牡丹の包みを開けて小さな手紙を取り出した。
"いつもありがとう。これからもよろしく。"
「………」
綺麗な字で書かれたそれは、他の女子から貰う長文の手紙とは訳が違った。
「…お前も次あること前提じゃねぇか」
素直になりきれないやつだな、と焦凍は嬉しさを噛み締めながらため息をついた。
20150130
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アトガキ
書いてる途中で唐突に思いついたので、没というより分岐な気がします
本編よりずいぶんあっさりです
時系列については「焦凍と本命チョコ」の方で言い訳させて頂きます
ありがとうございました
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