「あれ? ない…」
「………」
小さい体で家中を探し回った牡丹は、首を傾げながらぽつんと部屋の真ん中に座り込んでいた。
「たしかにかったのに…つくえにおいてたのに…」
そんな牡丹が本を読んでいる俺に目を付けるのは、至極当然といえる。
「しょうと、しらない?」
「何を」
「こんしゅうごうのじゃんぷ」
「ああ…」
知ってる。
「捨てた」
ぱちぱちと、大きな目が二度瞬き。
そしてさらに大きく見開かれた。
「えっ…え? しょうと? なにしたの?」
現状を理解しようとしない牡丹は冷や汗を流しながら震える声でそう聞いた。
「だから、捨てた。シュレッダーにかけて水で濡らして丸めて捨てた」
ばさりと切り捨てるように答えて、一拍。
「ええぇーーーー!!! なに! なんで! しょうと!!」
「特に理由はねぇよ」
「あー!! しょうと!! あー!」
「そんなんで泣くな」
「ないてない! ばか!!」
そんなに目を潤ませて言うと説得力も何もなかった。
「ばかー!! わたしはおこったぞ!! すとらいきする!」
「勝手にしろ」
ストライキの意味はよくわからなかったが、牡丹はそう言い捨てて部屋を出て行った。
「………」
左の火傷の跡を手で覆って、深いため息をついた。
牡丹がいつか知ることになるなら、その時はその時だ。
ただそれは、別に今じゃなくてもいいだろう。
―――
「…ほんとうにあとかたもない…」
家中のゴミ箱を探し、ジャンプだったであろう残骸を台所のゴミ箱で見つけた牡丹。
「…すいぶんをとばしても、かわってしまったかみはもどらないからな…」
濡れてしまった紙の水分を飛ばしても、紙はもう元通りにはならない。それを理解しているだけに、今指を鳴らして水分を飛ばしたこの行為はとても虚しく思えた。
「…こんなになっちゃって」
きっちり全ページ、シュレッダー行きだった。紙の破片すら残っていない。
いつもは読んだ後の感想に付き合っていた焦凍が読ませないということは、それなりの理由があったのだ。
普段あまり多くの表情を見せない焦凍の事を少しでも理解出来ればと読み始めたのに、いざ肝心なところになるとこれだ。こんな事では、いつまで経っても焦凍を本当の意味で理解していると言える日は来ないだろう。
「(…いつもしょうとは、わたしのはなしをきくばかりだ)」
自分の話はあまりしない。…怖いのか、警戒されているのか、信用が無いのか。どれも、直接の理由では無いように思えた。
ぼたぼたと、屑になった紙の上に滴が落ちる。一旦乾いた紙屑は、また湿り気を帯びていった。
「…しょうとは、ほんとうにばかだ…」
寂しく笑いぽつりと呟いたその言葉は、誰に聞かれることもなく消えていった。
―――
ばたぁん!!
「とどろきしょうと!!!」
「………」
部屋の扉が勢い良く開き、現れたのは仁王立ちした牡丹だった。…目の下が赤くなっていて、泣いたんだなということはすぐにわかった。流石に酷かったかもしれない。
「いいかよくきくんだ!!」
「何だ」
膝の上に乗ってきて、両頬を小さな手で挟まれた。牡丹の顔がぐいと寄ってきて、至近距離で目を合わせることになる。
牡丹は大きく息を吸って、
「わたしはしょうとがだいすきだ!! わたしのしっているしょうとも、まだしらないしょうとも…っ、ぜんぶ、わたしがすきなしょうとなんだ!」
…そう、叫んだ。
「いいたくないならいわなくていいよ。むりにとはいわない。でもしょうとのぜんぶがしりたい。かくさないで。…むじゅんしてるのはわかってるけど、だめなんだ。」
「………」
「…うん、それだけ」
言いたい事を全て言い終えたのか、覇気の抜けて疲れた様子の牡丹は膝から下りてベッドに寝転んだ。
「牡丹」
「…なぁに」
「俺も好きだぞ」
「うん…しってるよ、」
「…泣いてんのか」
よく泣くな。泣いてない、という嗚咽を我慢しながらの小さな反抗もお決まりになってきた。
「…わたしは、つよいんだ」
「そうか」
「そうだ。しょうとよりもずっと、ずっとつよい」
「…ああ」
「だからしょうとくらい、どうってことないぞ」
「それはどういう意味だ」
「わー! くるな! きゃー!」
寝転んでいる牡丹に覆い被さり、動けなくして柔らかい頬を思う存分形を変えて遊ぶ。
「やみぇ…やっ、あー! はーなーせー!! ぷあー!」
すっきりした。
「しょうとのばか…」
赤くなった頬をさする牡丹の横に寝転び、くしゃくしゃになった髪を整えてやる。
「悪かったな」
「いいよ」
「あっさり許すんだな」
「うん! おこづかいかえして!」
「…そうだな」
笑顔で両手を差し出して来た。これは流石に返してやらないと可哀想だな。
百円硬貨を三枚、牡丹の小さな手の平に乗せて握らせた。牡丹は顔を上げると、俺を指差して不敵に笑った。
「わたしのえがおは、かんたんにはくずれないようにできているからな! あんしんしてとびこんできていいよ」
「飛び込むタイミングがないな」
「いまだ! なう! えい!」
牡丹が頭に飛びついて来た。それは俺から飛び込んだとは言わない。柔らかい体がふにふにと顔に当たる。
「しょうと、こんどちあがーるのいしょうきてみて」
「お前読んでたんじゃねぇか」
「? ううん、おーるまいとがちあがーるのいしょうきてたから…」
「何してんだNo.1ヒーロー」
オールマイトが着ていたのはまあ置いておくとして。
牡丹のチアガール姿なら見てみたい。今度やってみるか。
「かたぐるまでさんぽしよ!! もうくらいけど!」
「…仕方ないな」
訳ありとはいえ牡丹を怒らせてしまったことには変わりない。
牡丹を肩に座らせて、少し薄暗くなって来た夜道を歩き出した。
20150225
―――
アトガキ
遅くなってすみません…
テストラストスパートかけてて、上げれず仕舞いでした
この本誌ネタバレシリーズは一応火曜日にあげるの目標にしてます
本誌を読んでいる間だけ続けるので、読まなくなったらネタバレはなくなります
今回は色々とあれでした
読ませると本編で色々と被るので読めない反応をば
個性婚はなんとなくある気がしていたのですが、まさか轟焦凍だったとは…
煮え湯で左半身が溶けてしまえばどんなに良かったか
しょうと!!!と叫びたくなる回でしたね
梅雨ちゃん推しの私としてはチアガール姿の梅雨ちゃんで死ねました
オールマイトがチア衣装着ていたのは、堀越先生がツイッターに上げた画像の件です
拍手ありがとうございます
文章の糧にさせて頂きます