バレンタイン
「しょうと、いずくのところにいってくる!」
「わかった」

読んでいた本を置き、立ち上がる。すると、牡丹は「違う!」と言って俺を椅子へ押し戻した。

「ひとりで! ひとりでいきたい!」
「…だめだ」
「なんで! いずくだよ?」
「何でもだ」

一人で男の元に行かせるなんて有り得ない。こんなに小さくても油断は出来ない。

「ええー…わかった、じゃあ…しょうとわたしがいいっていうまでだいどころこないで」
「…? お前、一人で台所使えるのか」
「それくらいできる! …たぶん」
「多分」

そこで俯かれると放っておくことも出来ないんだが。

「だいじょうぶだ! こんなんでもなかみはこうこうせいだし!」
「何かあったらすぐに呼べよ」
「わかった! よぶまできちゃだめだぞ!」
「ん」

牡丹はばたばた…と慌ただしく部屋を出て行った。

「…今日は何の日だ」

カレンダーを見るのは簡単だが、見たら見たで牡丹は拗ねるかもしれないな。

そうすると、このまま本を読んで待つのが無難か。

そう考えた時。

がっしゃーーん

「………」

台所から酷い音が。小さい体には台所は辛いだろう。

「だめー!!! 来ないでー!!!」
「………」

叫び声が聞こえたので、立ち上がりかけたのをやめて座り直した。

がちゃん!!

「………」

よし、皿が割れたら行くことにしよう。

そう心に決めて、台所からの賑やかな音をBGMに読書を続けることにした。

―――

そろそろ本を読み終わる、という頃。

「しょうとー! いいよ!」

唐突にドアが開いて、牡丹が部屋に入ってきた。ぐいぐいと手を引かれて、リビングへと案内される。

「みて! はやく!」

手を引かれるままについていけば、リビングのテーブルに置かれた可愛らしいクッキーが。

「これを作ってたのか」
「きょうね!! ばれんたいん!」
「ああ、そういえばそうだったな」
「がんばったよー!」

わーいと万歳する牡丹を抱き上げ、形の歪なクッキーを一枚齧る。牡丹の期待した視線が突き刺さる。

「美味いな、流石」
「え! ほんと!?」
「ああ、頑張ったな」

嘘じゃない。普通に美味い。

「わーいがんばった! なでて!」
「ん」

鎖骨あたりに置かれた頭を撫でて、癖のない髪に指を通した。

「台所は無事か」
「んー…はんぶんぶじ!」
「そうか」

台所を覗くと、高いところから落ちたものがなおせずにそのまま床の隅に置いてあった。…これから上の棚に牡丹の使いそうなものをなおすのはやめておこう。

床も所々濡れていて、滑って転んでもおかしくない。

「片付けるか」
「はい!」
「とりあえず床の水を飛ばす」
「はい!」

牡丹がぺち、と指を鳴らすと床の水は無くなった。正確には蒸発。

そういえば小さい牡丹はどれだけ頑張っても指はぺち、としか鳴らない。普通の牡丹の指鳴らしは練習の成果か…なんて思うと内心面白くて仕方が無い。

「牡丹は台の上を拭く。俺は上の棚から落ちた物を仕舞う」
「はーい!」

牡丹は片付けまでしっかり出来るから助かる。俺が付き添っているからだとは思うが、嫌がられるのに比べればはるかに楽だ。

「洗うのは…晩飯の後で俺がまとめてやる」
「はい! ごめんなさい! おねがいします!」
「ん」

びしっと手を上げた牡丹は走り去って、布の掛かった盆を持って来た。

「さいごに! これ!」
「?」
「みててね」

布を取り去れば、そこにあったのは小さなボールにそれぞれ入れられた色水。

牡丹が両手を上げると、その色水は宙に浮いて。牡丹の手の動きに合わせて、文字になった側から氷になっていった。

「かんせーい!」
「…面白いな」

色とりどりの氷で書かれたのは、"しょうと だいすき!"という文字だった。

…これは、どうやって保存するのがいいだろうか。

「俺も好きだ」
「もっかい!」
「…牡丹、好きだ」
「もっかい!」
「いやもういいだろ」
「あ! てれてる!」
「うるさい」
「ねーあんこーるー!」
「もういい」

足元に纏わりつく牡丹を見て見ぬ振りして、まだ大量にあるクッキーを器に入れ替えてテーブルに置いておく。氷のプレートは、ひとまず冷凍庫へ入れておけば溶けないだろう。

「晩飯は何がいい」
「きょうはねー…んー…はんばーぐ!」
「好きだな、それ」
「うん、おにくおいしい」

牡丹は魚か肉かというと断然肉派だった。見た目に似合わずというか、なんというか。

「明日は魚だな」
「やかないでください」
「じゃあ鰹のタタキにするか」
「わーいそれすきー」

台所に行く前に、もう一枚クッキーを食べて牡丹の頭を撫でた。

「ありがとな、牡丹」
「うん!」

嬉しそうに笑う牡丹を見て、ホワイトデーはどうするかな、なんて考えた。

20150214















―――
アトガキ

結局登場できなかった出久どんまいです

常々思っていますが、本編で振り回されてる分こっちでは逆に焦凍を振り回してやれというのがこのお話のモットーというか狙いです

キャラ崩壊激しくて申し訳ないです

拍手ありがとうございます
文章の糧にさせて頂きます


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