「牡丹」
「…っ」
「…いつまで昔の男のことでくよくよしてるんでィ」
「沖田さん…」

暗い畳に外の光が一筋刺さる。
隣に乱暴に腰を下ろした沖田さんは、私の頭に手を置いた。

「…すいません」
「…アンタの作り笑顔なんか見たかねぇ」

機嫌悪そうにそっぽを向く沖田さん。

「……」

別に泣く訳でもなく、ただ暗がりで過去の痛みを思い出しているだけなのに、なぜ沖田さんはこうも不機嫌になるのか。
不機嫌になりながらも、私が立ち上がるまでこうやってそばに居てくれる。

「…俺…」
「…?」
「俺じゃ不服か?」
「!」

嘘偽りのない、どこまでも真摯な紅い瞳に射抜かれるような感覚。

「…わたし」

沖田さんが目を丸くする。
笑いながら、自分が泣いていると気づいた。

「わたし…恋に、疲れました」
「……」

精一杯、沖田さんに笑いかける。

「尽くして、疲れて…ばかですよね、わたしの事なんて少しも眼中になかったのに」
「人が、怖くて…わたし、疲れました」

わたしが笑おうとすればするほどに、沖田さんの整った顔が辛そうに歪む。

「沖田さん、」

ためらいがちに温もりを求めて身を寄せると、沖田さんは抱きしめてくれた。

「…それでも、アンタが好きだ」

…そうか、沖田さんがわたしに優しくしてくれていたのは、わたしのことを好いてくれていたから。
これほど幸せなこともないのだろうな、と少し心がゆるむ。

「沖田さん、酷いお願いを…してもいいですか」
「…なんでも」

沖田さんの肩におとがいを乗せて、耳元に口を近づける。

「わたしが前を向けるようになるまで…わたしを、愛してください」

なんて都合のいいお願いだろう。
うんざりされても、仕方ない。

「ああ、いいぜ」
「!」

沖田さんは言うや否や、わたしに口付けた。

「沖田さん…?」
「?」
「…嫌じゃ、ないんですか?」

沖田さんはさっきまでの辛そうな顔が嘘のように不敵な笑みを浮かべている。

「牡丹が嫌がってもやめてなんかやらねェ」
「!」
「なにを泣くことがあるんでさぁ」

勝手にぽろぽろとこぼれる涙を乱暴に拭こうとすると、せっかくの別嬪が台無しだと言って、袖でぽんぽんと涙を拭いてくれた。

「わたしが前を向けるようになったら」

「沖田さんだけを、愛します」

努力は惜しみませんぜ、と優しく笑った沖田さんは、見廻りの時間と言って部屋から出ていった。
昔の男の記憶に苦しみながらも、本当は今の自分が好きなのは沖田さんであることはもうわかっている。
沖田さんが部屋を出て行っても、不思議と寂しさは感じなかった。

一人残された部屋でぽつりと呟く。

「…なんで昔の男のことってわかったんだろう…」

20140506















――――
アトガキ

尽くすタイプな彼女
沖田に違和感があったらごめんなさい


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