「いーーーーやあああぁっ」
「ちょ、おとなしくしろって! あ、こら手錠外してんじゃねぇー!」
…騒がしい。ドアの向こうからあり得ないほど暴れまわる音が聞こえてくる。
「おとなしくっ、しろよ!!」
「…うるさい」
手近にあったダンベルをドアに投げつける。何故ダンベルがあったのかは知らないが。一直線に飛んでいったダンベルはドアを突き抜けて看守の後頭部にクリーンヒットし、看守共々床に落ちた。ひどい衝撃を受けたドアはそのまま倒れ、中の様子が露わになる。
「…!」
目に飛び込んできたのは、まだ幼さの残るあどけない少女だった。丸く大きな瞳は、真っ直ぐに俺を見つめている。
「……」
たっぷり見つめあった後、少女は何を思ったか目を輝かせて俺へ飛び込んできた。怪我をさせても面倒だな、と思い小さな体を軽く受け止める。
少女の体重分、軋みをあげて沈んだベッド。うわあ…!!と目を輝かせて俺を見上げてくる少女。さしずめ、自分を助けてくれた恩人、だろうか。抱きついたまま、幸せそうな顔で胸板に顔を摺り寄せてくる。女独特の柔らかさがぐいぐい当たってくる。初対面だろ、という指摘は腹の中に留めておこう。
落ち着いて見てみれば少女は至るところ傷だらけで、白い肌に手錠の痕が痛々しい。服も所々裂けているのは、さっき暴れたのが原因か。薄汚れた裸足は石を踏んだのか、あらゆるところに切り傷がついている。
「…いってー…」
後頭部をおさえながら看守がふらふらと立ち上がった。やっと起きたか。
「くっそ…やってくれたな、牡丹」
「…牡丹か」
どうやらこの少女は牡丹というようだ。看守を見るや否や俺の背後に回った牡丹は、今は俺の肩の上から頭を出して短い舌を看守に突き出している。看守が嫌いらしい。
「…No.04、今日からそいつと相部屋だ」
心底気に食わないという顔で言い放った看守の顔に、近くにあった不要な本を投げつける。額に当たって跳ねた。
「寝言は寝て言え」
「寝言じゃねええぇ」
うおおぉと呻きながらしゃがみ込む看守。
「…正気か?」
「お前のせいでおかしくなってもおかしくねーよ…」
「…女子刑務所はどうした」
「入った初日に脱獄したんだよ」
深く深くため息を吐いているが、役立たずにも程が有る。
「俺に押し付けるつもりか?」
「そんな睨むなよ…他の部屋じゃ、節操のない獣みてぇな男どもに遊ばれて捨てられるだろうよ」
「……」
「No.04なら、そんな馬鹿な真似はしねぇとさっき話し合いで決まったんだ」
「…どうだか」
「…なっちまったらそん時はそん時だ。……どっちにしろ、今はもう動かせねえよ」
「!」
看守がため息を吐く。そういえばさっきから静かだと思って後ろを見れば、牡丹が背中にもたれて寝ていた。
「……」
細く息を吐き、開いていた雑誌を片付けて胡座の上に牡丹を寝かせる。よっぽど疲れていたのか、起きる気配も無い。
「…何か治療する物を持ってこい」
「ちょっと待っとけ」
看守の持ってきた救急箱から道具を取り出し、牡丹の傷を一つ一つ消毒していく。
「……」
真っ直ぐに見つめられたり、急に何のためらいもなく抱きついてきたり。人に怖がられ、媚びられることしかなかった俺にはとても新鮮なものだ。
真っ直ぐな感情を向けられるのは…悪くない。
20140512
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アトガキ
前の連載からだいぶ変えてます。
絡みは変えないつもりですが、自分の中では設定がだいぶ変わってるので文章も変えちゃいました
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