そして旧調査兵団本部への出発日ーー
「エレン、準備はいいか」
「あ、はい、兵長!」
エレンは自分の馬に荷物を乗せている所だった。
「あれ?貴女は確か、あの時の……」
『改めて、初めてまして。私は花子 佐藤。よろしくね』
リヴァイの後ろに居た花子の顔を見て、エレンは花子との再会に驚いた様子だった。
「あの時はありがとうございました!」
『私は大した事してないよ……(本当は兵長が助けるはずだったし)』
花子は眉を下げて困ったように微笑んで答えた。
「花子さんも、リヴァイ兵長と同じ班だったんですね」
「こいつは俺の補佐官だ」
「リヴァイ兵長の補佐官……凄いですね」
『エルヴィン団長の指示だから』
花子は自分の実力ではないのに "凄い" という言葉に物悲しげに微笑んだ。
「そろそろ出るぞ」
リヴァイはそれぞれに声をかけ、いよいよ出発となった。
しばらく森の中を進むと目標地点である、旧調査兵団本部が見えてきた。
「旧調査兵団本部。古城を改装した施設ってだけあって……趣とやらだけは一人前だが……こんな壁と川から離れた所にある本部なんてな。調査兵団には無用の長物だった。まだ志だけは高かった結成当初の話だ。しかし……このでかいお飾りがお前を囲っておくには最適な物件になるとはな」
『(本当に噛まずにペラペラと喋ってる)』
花子は漫画で見たペラペラ喋るオルオを後ろから眺めていた。
「調子に乗るなよ新兵……」
「はい!?」
「巨人か何だか知らんがお前のような小便臭いガキにリヴァイ兵長が付きっきりになるなど……ガリッ!!」
案の定、舌を噛むオルオだった。
『そりゃ、馬に乗りながらペラペラ喋ったら舌も噛むよ、オルオ。自業自得』
ついに舌を噛んだオルオを、花子は哀れな目で見た。
そして旧調査兵団本部に到着すると、リヴァイ、エルド、グンタの3人は建物の見回りへ行った。
その間、私達はそれぞれの馬を繋ぎ、水を与えていた。
「乗馬中にペラペラ喋ってれば舌も噛むよ」
『ペトラ、それ私も同じ事言った』
花子はエレンの隣で馬を繋ぎ、撫でながら苦笑いして伝えた。
「ほら、花子さんも呆れてるわよ」
「……最初が肝心だ……。あの新兵ビビっていやがったぜ」
「オルオがあんまりマヌケだからびっくりしたんだと思うよ」
「……何にせよ俺の思惑通りだな」
「……ねぇ、昔はそんな喋り方じゃなかったよね?もし……それが仮にもし……リヴァイ兵長のマネしてるつもりなら……本当にやめてくれない?イヤ……全く共通点とかは感じられないけど……」
「フッ……俺を束縛するつもりかペトラ?俺の女房を気取るにはまだ必要な手順をこなしてないぜ?」
「はぁ……花子さんも何か言って下さい!」
2人のやり取りを見ていた花子は、突然ペトラに話をふられた。
『アハハ!2人は仲良いなぁ!いいね、若いって!』
「もう!花子さんったら!!てかオルオ、アンタ、兵長に指名されたからって浮かれすぎじゃない?舌を噛み切って死ねばよかったのに……」
「戦友へ向ける冗談にしては笑えないな……」
『アハハ、ホント2人は仲良いなぁ』
「花子さん!!オルオはただの同期なんです!仲良くなんてないですから!!」
ペトラが必死に弁解する姿を見て花子はペトラに寄り、ポンポンと頭を撫でた。
『アハハ、ペトラは可愛いなぁ』
「もう!花子さん!!」
『エレン、オルオは後輩が出来て嬉しくてツンツンしてるだけだから、気にしなくていいよ』
「え、あ、はい……」
「ちょっ、花子さん!!」
花子は笑ってエレンに言うと、エレンは困ったような顔をして返事をした。
オルオは図星のように慌てた様子だった。
するとリヴァイ、エルド、グンタ達が戻ってきた。
「久しく使われていなかったので少々荒れていますね」
「それは重大な問題だ……早急に取り掛かるぞ」
『また掃除……』
「なんか言ったか花子……」
『ナンデモアリマセン』
割と小声で言ったつもりなのに地獄耳だな……と思いながらも掃除の準備をした。
そして各々、部屋の掃除を開始した。
私とオルオはキッチンや皆が集まって食事する場所の担当となった。
『ねぇオルオ』
「なんですか?」
花子は掃除する手を止め、オルオに話しかけた。
『先輩から1つアドバイス!女性は遠回しに言われるよりストレートに言われる方が1番嬉しいものなんだよ』
「き、急になんすか!」
『好きなんでしょ?ペトラの事』
花子はニヤニヤしながらオルオを見ると、オルオは顔を真っ赤にしていた。分かりやすい。
「なっ!?」
『バレバレだぞ〜』
「っ……!!」
『素直に伝えればちゃんと相手には伝わるよ。意地張らずに接したら?せっかくのチャンス勿体ないよ』
「花子さん……俺にチャンスあるように見えますか?」
『嫌いだったら相手にもしないと思うよ。頑張れオルオ!!』
花子はバシンとオルオの背中を思い切り叩くと「グエッ!」とカエルのように鳴いた。
予想以上に痛かったようで、オルオは涙目になっていた。
「ちょっと!オルオ!!花子さんに変な事してないでしょうね!!」
しばらくするとペトラが手伝いに来てくれた。
「むしろ逆だよ!いってぇぇ……」
花子は『ごめん』とケラケラ笑いながらオルオの背中をさすった。
状況が理解出来なかったペトラは頭に「?」を浮かべていた。
そして掃除が終わると、あっと言う間に外は日が傾いていた。
今日の夕飯は花子とペトラでの担当となり、メニューはどうしようか話しながら、掃除道具を片付けた。
「ねぇ、花子さん……」
『ん?』
「結婚って、いいものですか?」
『どうしたの、急に?』
予想外の質問に、花子は目をキョトンとさせていた。
「最近、お父さんが手紙で結婚の話題を出すようになってきて。でも私は調査兵だからいつ死ぬか分からないのに結婚したって意味ないって思っていて……。でも花子さんは結婚してお子さんも居て……調査兵として頑張ってる姿を見ると、それも悪くないのかなって思えてきて」
ペトラは掃除用具を片付けながら、花子と合わせていた目を足元に移した。
花子はその姿を見て、どこか哀しげな雰囲気を感じた。
『ペトラは好きな人、いるの?』
「え?」
『結婚にも色々種類があってね、好きな人同士で結婚する恋愛結婚、友人とか第三者から相手を紹介してもらって結婚するお見合い結婚とか、まぁ他にも沢山あるんだけど……』
花子はペトラから目線を外し、空を見上げながら話した。
「花子さんはどれだったんですか?」
『私はお見合い結婚だったんだけどね。私的には、好きな人同士で結婚出来るのが幸せなんじゃないのかなと思うんだよね。あ、勿論、お見合い結婚でも幸せな人は沢山いると思うけどね』
花子は困った顔をし、愛想笑いを浮かべた。
「花子さんは、結婚して幸せじゃないんですか?」
『……え?』
「だって……今の言い方だと……そう、聞こえました」
『ご、ごめん!なんか結婚のイメージ悪くさせちゃったけど、つまり、結婚が全てじゃないって事!そして、好きな人がいるならちゃんと伝えるべきって事を言いたかったの!』
花子はペトラの哀しげな表情を見て、慌てて弁解をした。
『調査兵だからって恋愛を諦めたら勿体ないよ。ペトラの人生なんだから、ペトラが好きなように生きていいんだよ。ここに居る限り希望通りの幸せは望めないかもしれないけど、人類の為に戦って死ぬより、好きな人と一緒に過ごせる時間が幸せだと、私は思うよ』
花子は優しく微笑み、ペトラの頭をポンポンと撫でると、ペトラもつられて微笑むのを見て花子は安堵の表情を浮かべた。
『いつでも相談に乗るから!頑張れ!』
「はい!なんか話してスッキリしたら、お腹減ってきちゃいました!早くご飯作りましょう!」
『アハハ!掃除も結構したからね。あ、兵長に掃除終了の報告してくるから先に準備してて』
「分かりました!」
ペトラは元気よく返事をすると、駆け足で去って行った。
よっぽど悩んでいたのだろうなと、軽い足取りで走り去るペトラの姿を見て、花子は笑いが込み上げて来るのを抑えた。
ペトラの姿が見えなくなると、花子はペトラに言われた言葉をふと思い出した。
「花子さんは、結婚して幸せじゃないんですか?」
『…………』
『私は……
毎日……
息苦しくて辛かった……』
花子が発した言葉は、風に掻き消されそうな程小さな声だった。
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21.07.02
結婚ってゴールじゃなくてスタートなんだな、って思います。