昼近くになって目が覚めた。
昨晩は浴びるほどお酒を飲んだのに二日酔いにもなってないし、トラ男くんに対して感情をぶちまけてしまったのもはっきり覚えている。
頭を抱えて再びベッドに潜り込みたい衝動に駆られたが、いつかは顔を合わせなくてはいけない。
ならば、覚えていないふりをしよう。
そうすれば、彼も何も言ってこないはず。
叶わない恋ならこれ以上自分から傷を広げる必要はない。
私と彼はただの同盟船の船長といちクルー。
この同盟が終われば何の関係もない、敵同士にだってなり得る関係だ。
吹っ切ってしまった方がずっと楽だ。
この想いは、ずっと、閉まったまま。
それで、いい。


部屋を出てダイニングに向かうと机に突っ伏すサンジ君とイライラと足を揺するゾロがいた。
どうしたの?と、問いかけようとした時目についたのは机に積み上げられている昨夜私が飲み干した酒瓶の山。

「お…オハヨー…ゴザイマス…」
「ナミさん…おはよう…。…ねぇ、おれの秘蔵の果実酒、飲んじゃった…?」
「ナミ…テメェ…これ、おれも金出して買った酒だよなァ?なんで空になってんだァ?」

悲痛な面持ちのサンジ君と明らかにキレてるゾロ。
これはマズイ、なんてどこか他人事に思う。

「えっとね…ちょっと…飲み過ぎちゃった…?みたいな…」

戯けて笑ってみせるが、2人とも表情を崩さない。

「おれね、この酒使ったデザートとかさ、これに合う料理とか色々考えてたんだよな…。ナミさんもきっと気にいると思ってさぁ…」

サンジ君は遠い目をして空になった瓶をゆらゆら揺らす。
今回は完全に、私が悪い。
衝動にかられて酒を飲み干してしまったことが今更ながら悔やまれる。

「オイ、どう落とし前つける気だ?」

ゾロの凶悪な目に睨まれて思わず後ずさりそうになる、が、ここで折れる私ではない。

「分かったわよ!新しいの買ってくるから!サンジ君も!その果実酒の材料書いて!それでいいでしょ?!」

ふん、と鼻を鳴らして胸を張り言う。

「そうだな。だがナミ…その前に言うことがあんだろ…?」

こういう時のゾロは、結構怖い。
それでいて、筋は通っている。

「………ごめんなさい」

素直に私が言うと気が済んだのか、ゾロは私の頭をポンと叩いてダイニングを出て行った。


サンジ君は材料を紙に書き留めながら、心配そうにサンジ君は言う。

「でもさ、酒に果物に、って結構な荷物になっちまうし…。おれも行くよ」
「もうすぐおやつの時間でしょ?サンジ君がいなくちゃ。これくらい1人で平気よ」

おつかいメモを受け取りにっこり笑ってみせる。
これ以上ダイニングにいたらサンジ君は本当に着いてきてしまいそうだ。
立ち上がり、行ってくるわねと一声かけてダイニングを出た。



「あら、ナミ、お出かけ?」
「うん。おつかい。昨日お酒飲んじゃったお酒補給しなくちゃいけないから」

渇いた笑いを浮かべ船を降りようと足を進める。
と、そこにロビンはとんでもないことを言ってきた。

「なら、ロー、着いて行ってあげて?お酒じゃ荷物が重いでしょう?」
「はっ?!」

船縁に寄りかかっていたトラ男くんに突然声をかける。
街に出かければ暫くトラ男くんと顔を合わせずに済むと内心安心していたところなのに。
トラ男くんは私を一瞥するとため息を吐いて立ち上がる。

「行くぞ」
「えっ…あの…別に1人で平気よ…?」
「今は居候の身だからな。買い出しくらい手伝う」

そのまま船を降りていってしまったから、私は慌てて後を追った。





特に会話もなく街を進んでいく。
彼の半歩後ろを歩きながら盗み見ると、表情はいつものポーカーフェースのまま、雰囲気だっていつもと変わらない。
隣を歩けることが嬉しいような、彼がいつもと変わらない様子を見て浮かれているのは私だけかと悲しいような、複雑な気分で酒屋へと歩みを進めた。


酒屋で酒を買い込み、トラ男くんが酒を受け取る。
1人で持てない量ではないのだが、何も言わずトラ男くんが持ってくれた。
次に向かった果物屋さんではサンジ君からもらったメモ通りの果物を買う。
こちらは私が受け取って、船に戻ろうとした時、不意に空気が変わったのに気づいた。
雨が降る。
短いけど強い、スコールみたいなものだろう。

「トラ男くん、5分後に雨が降る」
「雨…?どれくらいで止む?」
「30分くらい」
「なら、どこかで雨宿りしてくか」

そう言って歩き出したトラ男くんの後を慌てて追う。
なかなか良い店が見つからないままポツポツと雨が降り出してきた。

「仕方がねぇ、酒場でいいか?」

小ぢんまりとした酒場をトラ男くんが指した。
破落戸たちの溜まり場になっている訳でもなさそうだし、雰囲気は悪くない。
私は頷いて、彼の後に続いた。

長居をするつもりもない。
雨宿りに立ち寄った店主には告げ、カウンターに陣取った。
私はスコーピオン、トラ男くんはマティーニを頼んで一息つく。

「あの、今日は付き合ってくれてありがと。助かったわ」
「別に…買い出しくらい手伝う」

なぜだろう。
クルーの誰とでもこんな風に会話に困ることはないし、沈黙が怖いなんてこともないのに。
何か言わなきゃと思うのに何も言えず、手持ち無沙汰にグラスを触っていた。
その時だった。

「船長さん…?」

綺麗なソプラノの声に振り向くと、長いブロンドに青い瞳、スタイル抜群の女の人がいて、トラ男くんを見ると目を輝かせた。

「やっぱり!また会えるなんて!またあなたに会えないかってずっと想っていたのよ!」

昨日、彼が抱いていた人だと気づくのに、然程時間はかからなかった。

「一緒に飲んでいいかしら?…あら、今日は先客がいらしたのね」

自然な動作でトラ男くんの隣を陣取った女は、今気づいたかのように私を見て綺麗な笑みを浮かべる。

「別に…こいつはそんなんじゃねェ」
「そうなの?船長さんの船のクルー?」
「同盟船のクルーだ」
「そう、ごめんなさいね。私、彼のこと気に入っちゃったのよ。あなたが恋人かと思ったから、少し意地悪な言い方しちゃったかしら?」

トラ男くんの腕に抱きついた女は私に向かって言う。
触らないで!離れてよ!私の方があんたなんかよりずっとずっと彼が好きなんだから!ぐるぐると頭の中でそんな言葉が渦巻いて、でも言うことは出来なくて、私は唇を噛んだ。

「ねぇ、まだこの島にいるなら今晩は朝まで一緒に過ごしましょう?」

女はトラ男くんにしなだれかかってそんなことを言う。
限界、だ。
見てられない。

「わ、私先に船に戻ってるから!」

2人分の料金をバーカウンターに叩きつけるとお酒と果物と、先ほど買った商品を持って立ち上がった。
ずいぶんな重さのはずなのに、それも感じない。
逃げるように店の外へ急ぐ私に、トラ男くんは言った。

「ナミ屋、朝には戻る」
「……うん」

振り向かずにぽつりと呟くと店を出た。
まだ雨が降っていたけど気にせず飛び出す。
店が大分遠ざかったところで、ようやく歩みを緩めた。
雨粒が、雨音が、覆い隠してくれるからと、私は人目を憚らず泣いた。
彼は、あの人を抱くんだ。
私じゃない。
想いは、決して届かない。
目の前にそれを突きつけられて、諦めようと思ったはずなのに、どこか期待していた自分に気づく。
真実は、残酷だ。





「ねぇ、良かったの?昨日私を抱きながらあの娘の名前呼んでたくせに」
「あァ…これでいい」
「わかんない男ね。あの娘も、船長さんのこと…」
「無駄口叩くんじゃねぇよ」

そうだ。これで、いい。軽蔑されるくらいが、おれには、ちょうどいい。
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