ヒールの高い靴を履いていると海軍や賞金首から逃げる時に転びそうになったりすることもある。
背が低い方ではないし、女の中ではむしろ高い方だ。
スタイルだって悪くない。
スニーカーみたいな靴を履いた方が良いことは重々承知しているのだけれど、それでもやっぱりヒールの高い靴を選んでしまう。
それもこれも、あの男のせいだ。
「おいナミ、今日はずいぶんチビだな」
「うっさい!お風呂あがりだからスリッパなの!…て、それ私の水!」
風呂上りにキッチンで水を飲んでいると、トレーニングを終えた男に背後から声をかけられて、今まさに飲もうとしていた水を奪い取られた。
頭に手を置かれ押さえられれば手を伸ばしてコップを奪い返そうとも届かない。
悠々と、美味しそうに喉を鳴らして水を飲む男をじとりと見つめる。
当てつけに一際大きくため息を吐くと、水を飲み干した男が空のコップを差し出してきた。
「…ん」
「ん、じゃないわよ!空っぽじゃないのバカゾロ!」
「また入れりゃいいだろ?」
私にコップを手渡すと、ゾロは踵を返しひらひらと手を振ってダイニングから出て行こうとした。
「あ、ねぇ、もう寝るの?」
「おう。寝る」
欠伸を噛み殺しつつゾロは言う。
思わずその着流しの背中を掴んでしまって、慌てて手を離すもゾロは背を引かれる感覚に振り向いてしまった。
「なんだ?」
「あの…えっと…」
先ほど見た光景が頭をよぎる。
ロビンとフランキーがキスしてるところ。
私に見られたのも気にせず、おやすみのキスよ、なんて綺麗な笑顔で言われて、いいなぁ、とひどく羨ましく感じたのであった。
この男にそんな甲斐性を期待してはいないけれど、少しは期待したっていいじゃない?
羞恥心を圧して言ってみても…いいわよね。
「ねぇ…おやすみのキス、して?」
「ハァ?…何言ってんだお前。熱でもあんのか?」
勇気を振り絞って言ったのに、ゾロは怪訝な表情で私の額に手を当ててきた。
本気で心配しているのか、額と額を合わせて熱がないか確かめてくる。
「ちが…違うってば!」
それをなんとか払いのけ、ゾロに向き合う。
これ以上この男に何を言ってもムダだろう。
それならば。
自分でしてしまえと、ゾロの唇めがけて背伸びをした。
が、届かない。
背が、足りないから。
「っ…待ってて!」
脱いだ服と一緒に持っていたヒールを慌てて履く。
そうして、尚も怪訝な目で私の行動を見つめるゾロに向き直った。
少なくなった身長差。
そのままの勢いで、私はゾロにキスをした。
触れるだけの可愛いキスなんかじゃない。
唇を舐めて、吸いついて。
「あんたがしてくれないなら、私がするわ、おやすみのキス」
ぽかんとして赤くなったゾロに向かって悪戯っぽく舌を出す。
あなたにキスをするために、わたしは高い靴をはく