「ずいぶんおモテになるのね。死の外科医さん」

背後からかけられた声にローが振り向くと、そこには冷めた視線を自分に送るナミの姿があった。
商売女にしなだれかかられたローは、頭を抱え、天を仰ぐしかできなかった。


二人は、表向きは同盟船の船長と、いちクルーである。
だが言葉にはしないまでも、お互いが同じ想いを持っているのであろうことは、薄ぼんやりと、2人とも自覚していた。
自分たちは海賊だ。
好きだの付き合おうだの、そうそう言うものではないとどこかで自制をしていたからその関係が進展することは無かったけれど、目が合えば笑いあい、何をするでもなく隣にいたりする、その関係を2人とも心地よく思っていたのは確かだ。

それなのに、これだ。
自分のタイミングの悪さに悪態をつきながら、ローは大きくため息を吐いた。
たまたま上陸した島で、街中を散策していたら娼婦に捕まった。
無視して歩いていても纏わり付いて来る女に嫌気がさして、邪魔だ失せろ、と向き直った正にその時、ナミがその場に現れたのだった。
コイツは、時々、人の話も聞かず暴走する時がある…。
嫌な予感を感じると、やはり、ナミは踵を返し来た道を戻っていく。
娼婦を今度こそ振り払い慌てて後を追うも、足早に歩くその後ろ姿はどう見ても怒っている。

「おいナミ屋、さっきの女は…」
「話しかけないで!あんたなんかもう知らない!」

振り返りもせず言われ、たたらを踏みそうになるのを堪え、後をついて歩く。
道行く人に不思議そうに振り向かれるのを、今回ばかりは気にも留めずナミの後を追った。
海岸線が見えてきて、防波堤の石積みの塀が現れたところで、ナミの腕を取り壁に押し付ける。
逃げないように腕で囲って、逡巡した後、ローは口を開いた。

「…悪かった」

腕を組んでローを見つめるナミの瞳は鋭く冷えている。
ローの言葉から数拍おいて、ナミが口を開いた。

「…なにが、悪いと思ったの?私たち、付き合ってもないわ。私がどこで何をしようと私の勝手だし、逆にトラ男君が何をしようとトラ男君の勝手でしょ。ねぇ、なにに対して謝ってるの?」
「…確かに関係ねェかもしれねェが…現にお前は怒ってるじゃねェか」
「私が怒ってるから、とりあえずで謝った訳?」
「そうじゃねェが…」
「じゃあ、なによ?」

我ながら情けない体たらくにローは頭を抱えたくなった。
このままではまた、もう知らないなどと言って逃げられそうだ。
ローは大きくため息を吐くと、ナミを真っ直ぐに見つめ言う。

「おれはナミ屋、お前を特別に…想ってる。だから誤解されたくねェし、その、嫌われるのもゴメンだ。だから弁解しようとしたし、謝った。…これでいいか?」

一人の女を繋ぎとめる為に、あれやこれや手を尽くしたのは初めてだ。
こんな風に言葉を並べたことなど一度もない。
恐る恐るナミの様子を伺うと、俯いていたナミから、ふふっ、と笑い声が漏れ聞こえてきた。
まるで、笑いを堪えていたかのような声。

「最初っから、そう言えばいいのよ。もう…怒った演技って結構疲れるのよ?」
「は…?」

固まるローの目の前で、顔を上げたナミはさっきの不機嫌が嘘みたいに笑みを浮かべている。

「あんまりトラ男君がはっきりしてくれないから、カマかけてみたの。あそこで追って来なかったらそれまでなんだろうなぁ、って」
「…てめェ…」

目の前の女に踊らされたことが分かり、ローの額に青筋が浮かんだ。
文句のひとつでも言いたかったが、無邪気に笑うナミを見ると何も言えずただ立ち尽くすしかない。
にっこり笑ったナミは、突然ローのパーカーの首元を掴むと、額と額がつきそうなほど顔を近づけた。

「いい?トラ男君。私はわがままで、せっかちで、少し自信がないの。ミスもするし、自制を失うし、ときどき扱うのに大変よ。だけど最悪の状態の私を扱えないようなら、あなたは最高の状態の私といるのに、もちろん相応しくないわ。…わかった?」

不敵な笑みを浮かべたナミに問いかけられ、全く大した女だと、独りごちながらローはただ頷いた。
そんなローの様子に、ナミも満足げに頷くと、ちゅっとリップ音をたてて額に口付ける。

「これは騙しちゃったおわびね。帰りましょ、トラ男君」

突然の口付けに額を押さえ顔を赤くしたローに手を差し伸べ、ナミは笑う。
その手を取りきつく握りしめながら、これじゃどっちが男か分からねェと、未だ熱くなった顔を隠すようにあいた片手で顔を覆った。

「もしかしてトラ男君照れてる?」
「うるせー…お前がンなことするからだろうが…」
「ふふ、可愛いところあるのねー」
「もう黙れ…」

他愛のない会話を交わしながら、2人は歩く。
これからどんなことがあるか分からないけれど、その手は繋がれたまま。
確かに変わった関係に、2人だけの秘密を共有した子どものように、今だけは素直に笑い合った。




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