寝ぼけ眼を擦って男部屋から出てきたのはこの船の船医だった。
今日も今日とて宴好きの船長と飲んで騒いで、酒に弱いチョッパーはそのまま寝てしまったのだった。
誰かが男部屋まで運んでくれたようだが、ふと、真夜中に目を覚ましたのだった。
男部屋を見回すと、ルフィにウソップ、サンジとブルックがいた。
フランキーは見張りだったはずだ。

(ゾロがいねぇなぁ…。まだ飲んでるのかな)

トイレに向かい用を足すと、欄干にナミがもたれ掛かっているのに気づいた。
頬杖をついて海を見ている姿はどこか寂しそうに見える。
ナミだ、チョッパーが声をかけようとした時に隣に大きな影が現れてナミに覆いかぶさった。

(ゾロ…?)

影は一つに重なり合って、きつく抱きしめ合っている。
チョッパーは、何か見てはいけないものを見てしまったような、でもずっと見ていたいような、不思議な気持ちでその場から動けずにいた。
ゾロがナミの耳元に何か囁いて二人は漸く離れた。
そのままゾロは立ち去り、その場に残ったのはナミだけ。
もう戻ろうと後ろに後ずさったチョッパーは、トイレのノブに背中をぶつけてしまった。
波の音が静かに包む船内に、その音は大きく響いた。

「誰…?…チョッパー?」

ナミがはじかれるように振り向いて、チョッパーの姿を認めるとその大きな瞳を見開いて見つめてきた。

「おぉお、おれっ!何も見てねぇぞ!」

怒られるのではと、慌てて取り繕うチョッパーを見て、ナミは笑った。

「…てことは、見たのね。別に怒らないから、そんなに怯えないでよ」

ナミはチョッパーの側まで歩いてくると屈んてチョッパーの鼻をつつく。
クスクスと笑う表情からは怒りは感じられず、チョッパーはホッと一息ついた。

「ナミは…その…ゾロと、つがいなのか?」
「…つがい…って…。うん、まぁ、そんなとこ」

ナミは呆れた表情を浮かべながらも頷く。

「そっか…。おれ、知らなかった…。2人とも酒に強いから、2人で飲んでるのは知ってたけど…。いつもこんな時間まで起きてるのか?」
「いつもじゃないけど、まぁ…少なくはないわね」
「人間のつがいのことはおれ…よく分かんないけどさ…二人して夜更かしは身体に悪いぞ!」
「そうねー…もうこんな時間だし、さすがにちょっと眠いんだけど…」
「ならもう寝なきゃ!」
「あいつが起きてるならね、私も起きてたいの」

医者として、きちんと注意してやらなくてはならないと意気込んで言ったのに、ナミはクスリと笑うだけで注意しても頷きもしない。

「ナミ、わかってるのか?睡眠不足だって万病の元…」
「チョッパー?何してんだ?」

不意にかけられた声に顔を上げるといつの間にかナミの背後にゾロが立っていた。

「あ、ゾロ。シャワー早いわね」
「早くしろっつったのはテメェだろ…」
「急いでくれたんだ?」
「テメェがお預けにするからだ…。で…何してんだ?」
「お医者様から夜更かしはいけません!ってお叱りを受けてたの」

冗談めかしてナミが言う。
ゾロとナミが2人で話しているところはそんなに見たことがない。
喧嘩をしている姿はよく見るが、2人が和やかに会話を交わす姿はチョッパーには珍しく見えた。

「悪ィな、チョッパー。毎日夜更かしはさせねェから、今日はちっと見逃してくれ」

ニヤリと笑ったゾロはチョッパーの頭を撫で、踵を返すとそのままアクアリウムへ向かっていった。
有無を言わせぬゾロの背中を、チョッパーは無言で見つめるしかなかった。

「さてと、私も行くわね?あんたはもう寝なさいよー」

ナミも立ち上がるとひらひらと手を振りアクアリウムへと足を進める。

「な、なぁ、ナミ。…眠くても、疲れてても、ゾロと一緒なら起きてるのか?」

チョッパーには、その気持ちはよくわからなかった。
仲間と騒ぐのは楽しい。
けど、二人っきりで、疲れててもなんでも、一緒にいたいって、どういう気持ちなんだろう。
チョッパーの問いかけにナミは振り向いて笑う。

「あのね、チョッパー。恋に落ちると眠れなくなるのよ。 だって、『現実は夢より素敵だ』から」

どういう意味だろう。
チョッパーは首を傾げる。

「…おれ、よくわかんねぇ」
「いつか、きっと分かるわ。おやすみチョッパー」

そう言ったナミの顔はうっすらと赤く染まっていて、照れたように笑う姿は、今まで見たどんな表情より、チョッパーには綺麗に見えた。
2人が消えていったアクアリウムの扉を暫く見つめていたチョッパーも、欠伸を一つすると男部屋に戻った。

(ナミのあんな表情、おれ、初めて見たな…。いつか、おれにも分かる時が来るのかな)

微睡みの中でそんなことを考えたけれど、すぐに意識は夢の中に吸い込まれていった。
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