水を貰おうとダイニングに寄ったら、ナミ屋がテーブルの上に置いた鏡と真剣な表情で向き合っていた。
こいつと関わるとペースを乱されるしロクなことがない。
キッチンの主は不在のようだったから、一杯だけ水を拝借してさっさと部屋を後にしようとした。
だが、そう上手くはいかないもので。

「あ!トラ男くんいいところに!」

にんまり笑って隣の椅子を叩かれれば無視して出て行く訳にもいかない。
今度は何をやらかしてくれるんだと、格好だけひどく不機嫌に表情険しく、どかりと促された席に腰掛けた。
ナミ屋は全く気にした様子もなく机の上に広げていた雑誌をおれの方に寄せ、自分自身も身を乗り出して近づいてくる。
近っ…近いんだよお前…!
人との距離感を学べ!とは言えず平常心を装って自身の腕を組んだ。

「あのね、この髪型にしてみたいんだけど、上手くいかなくて…。トラ男くん器用そうじゃない?やってくれないかなー…って」

指差した先には「これであなたもエ◯サ!」という謳い文句で編み込みをした女の写真が載っている。
写真を見るに、後頭部から編み込むらしく、確かに自分でやるのは骨が折れそうだが…。
なんでおれなんだよ…。

「ニコ屋に頼めばいいだろう」

「ロビン、本読んでるからダメなの。後でね、って言われたけど、後って絶対明日とかよー!」

「明日でいいじゃねぇか…」

「ダメ!今日がいいの!」

「…なんで」

「なんでも!」

ともかくコイツは自分の意思を曲げる気はないらしい。
いつの間にかしっかり腕を掴まれていて立ち上がれねぇし。
おれもそう不器用ではないし細かい動きは得意な方だと自負しているが、女の髪の毛などいじったことがない。
しかしナミ屋も引き下がる気はないようでじっとこちらを見つめてくる。
この目には弱い。
降参だと大きくため息を吐いて肩に手を添え背中を向けさせた。

「やってくれるの?!」

「お前が言ったんだろ…」

長い髪を背中に流し、横目でテーブルの上の雑誌通りに髪を編み込んで行く。
柔らかい、手触りの良い髪と、ほのかに香る甘い香りと、それらに気を取られないようにただ雑誌通りの髪型を作り上げることだけに集中した。

「これでどうだ?」

ようやく髪を整え終えると正面から鏡を見せてやる。

「わぁ!可愛い!」

ぱぁっと華が咲いたかのように笑みを浮かべたナミ屋は角度を変えて鏡を何度も見つめる。

「トラ男くんありがと!…ね、ついでにこれもつけてくれない?」

そう言ってナミ屋は深い緑色のサテンのリボンを差し出してきた。
誰かを連想させる色に嫌な予感を感じつつもそれを受け取ると結び目につけてやる。
鏡に映ったナミ屋は雑誌の女なんかよりはるかにいい女で、予想以上の出来に我ながら感心した。

「ね、どう?かわいい?」

立ち上がってその場で一回転すると、淡い水色のワンピースの裾がふわりと舞う。
よくよく見てみれば今日は珍しくビキニにジーンズの隠してんだか見せてんだかよく分からねぇ格好じゃない。
雑誌の女に似せたのか?
だが雑誌の中の女なんかより、その格好も、髪型も、誰より似合っていている。

「あぁ、似合ってる。可愛い」

どこの女にも言ったことのない言葉が自然と出てくる。
ナミ屋は、途端に頬を赤く染めはにかんだ笑顔を見せると、

「嬉しい。ゾロも…そう思ってくれるかな…」

と、返してきた。

………。
なんでそこにロロノア屋が出てくんだよオイ!
一瞬で固まったおれを他所にナミ屋は、ゾロに見せに行こうっと!とダイニングを出て行こうとする。
あまりに無頓着なその様子に顔が引きつる。
お前がそういう態度なら、気づかせてやる。
出て行こうとする手を掴みきょとんとしたナミ屋を無理やり引き寄せるとそのまま頬に手を添え口付けた。

「んっ…んー…!」

離れようと胸を叩かれるのも気にせずきつく抱きしめる。
歯列をなぞり、舌を絡ませ、しっかりその口内を堪能したところでようやく解放してやった。

「な、なにすんのよ!」

腕を解いてやると慌てて離れるナミ屋を見て笑みを抑えられない。
赤くなった顔で睨みつけても逆効果で、益々欲情しそうになる。

「なにって…お前の言う通り手伝ってやったんだ。少しくらい駄賃が必要だろ?」

手を伸ばして、おれが濡らした唇を指でなぞってやると、ナミ屋はびくりと肩を震わせまた後ずさった。

「続き、してやろうか?」

壁際まで追い詰め耳元で囁くと、俯いていたナミ屋の肩がまた震える。
顔を見ようと顎に手をやった時、やつは突如ヒールで足を踏みつけてた。
ひるんだ隙に腕の中から抜け出すと同時にダイニングから駆け出て行く後ろ姿。
あっという間にその姿は見えなくなった。
あまりの逃げ足の速さに呆気にとられつつも決意を新たにする。

「…次は逃がさねぇ」

ナミ屋が駆けて行った方を見ながら、まだ漂ってくる残り香に、どう手懐けてやろうか、今から堪え切れずニヤリと笑った。




走って走って、甲板に出たら、ちょうど買い出しから帰ってきたゾロがいた。
走ってるそのままの勢いでゾロに抱きつく。

「うぉっ!」

突進するみたいなものだったみたいで、そのまま芝生甲板に倒れこんだ。
それでもまだ嫌で、不安で、ゾロの胸にぐりぐり顔を押し付ける。
どうした?とか、何があった?とか、いろいろ聞かれたけどなんにも答えられなくてただただきつく抱きついてたら、宥めるみたいに背中をぽんぽんと叩かれた。
私、トラ男くんにキス、されたんだ。
ゾロじゃなくて、トラ男くんに。
なんでなんでなんで?
疑問がぐるぐると頭の中を渦巻いて、答えは全然出てこない。
ようやく落ち着いてきて顔を上げたけど、さっきの出来事を話せる訳もなく黙って抱きつく。

「まぁ、言いたくなったら言え」

ゾロは問いただすこともせずそう言うと私を抱き上げ、どこかに向かう。
大好きなみかんの香りに顔を上げると、ゾロが木の根元に座り込むところで、私は膝の上に乗せられた。

「寝ろ。そしたら少し落ち着くだろ」

そう言ってぎゅっと抱きしめられる。
こんな時に寝てらんないわよ!とかあんたが寝たいだけでしょ?!って思ってたはずなのに、暖かい陽射しと、安心できるゾロの体温とで、いつの間にか強張りが解け、ゾロにもたれかかっていた。
そういえば、髪、ぐちゃぐちゃになっちゃったかな。
起きたらちゃんと、ゾロに見てもらおう。
そうぼんやり思ったのが最後で、あとはもう、睡魔に身を任せるだけ。

これから始まるちょっとだけ大変な日々は、また、別のお話。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -