買い物の帰り道、塀に貼られたポスターが目に入った。
花火大会とでかでかと書かれているそれに思わず足を止める。
河原で行われるそれは毎年恒例の行事で、私も何度か行った。
家族とだったり友人とだったり、当時の恋人とだったり。
しかし今私が一緒に行きたいと思う相手はこの日は仕事だ。
だから一度も一緒に行った事はない。
会場でその姿を見かける事はあったけれど。
ポスターから目を離し、歩き出す。
今年もきっと仕事をしているに違いない。
また友人と行こうか、それとも今年は行かないでおこうか。
とびっきり美味しい物を自分の為に作って家で楽しむ。
それも良いかもしれないな。
前日、すっかりその気になって材料を買い込んだというのに、当日になり友人が訪ねてきた。
何でも片思いの相手を誘ったは良いけれどどうしても二人きりは緊張するからついてきて欲しいらしい。
それ私が居たら邪魔なんじゃないの、と思ったけれど友人の必死な様子に頷くしかなかった。
友人と友人の想い人と私の三人で、人混みの中を進む。
友人の想い人はとても爽やかで小さな事によく気が付く人だった。
幸せそうに笑う友人を微笑ましく思いながら、私はこっそり歩調を緩める。
恐らくもう二人きりでも大丈夫だろう。
遠ざかっていく二人の背中を見送って、人混みの外へ出た。
近くの長椅子に腰を下ろし、息を吐き出す。
人混みというのはどうしてこう疲れるのだろう。
携帯で友人に応援の言葉を送り、歩いている人達を観察する。
皆楽しそうに屋台で買った物を手に歩いていく。
「良いなぁ」
自然と零れた言葉は沢山の人の話し声に紛れて消える。
私だって一緒に花火大会に行きませんかと誘ったりしてみたい。
返ってくる答えがわかりきっているから絶対に誘わないけれど。
けれど、羨ましいと思ってしまう気持ちはやっぱり消えない。
歩く人が減っていき、やがて花火の音が聞こえてきた。
私の座っている場所からもよく見える。
私のように一人で見ている人はどれくらい居るのだろう。
こんな風に浴衣を着て会場で一人だなんて滅多に居ないだろうな。
そう考えたら少し可笑しくなって、笑い声が漏れた。
帰って、汗を流したら何か簡単に出来る物でも作ろう。
そして眠ってしまえば今抱いている気持ちも消える筈。
そう思って立ち上がろうとした時、近付いてくる足音が聞こえた。
普通ならば花火の音に紛れてしまうのに、やけにはっきりと。
「迷子か?」
「いえ……一人です」
「一人ね」
いつもと変わらぬ黒い隊服姿の土方さんが隣に座り、煙草に火を点ける。
一連の動作を見ている間にも花火は次々と上がり、土方さんの顔を照らす。
その横顔に向かって名前を呼ぶと視線を此方に向ける。
切れ長の目に花火が映って、消えて。
「あの、お仕事中ですよね?」
「迷子が居るから保護しに行けって言われて来ただけだ」
「迷子?」
「来てみたら花火見てやがる。暢気なもんだな」
煙を吐き出す土方さんの言葉を頭の中で反芻する。
迷子だと言いそうな人物を思い浮かべて苦笑いをするしかない。
けれど、土方さんと花火を見たいという願いが今叶っている。
盛大な花火が消えていき、花火大会は終了した。
直ぐに花火を見ていた沢山の人が家へと向かい歩いてくる。
ずっと隣に居た土方さんもそろそろ仕事に戻るだろう。
そう思って立ち上がると土方さんも立ち上がった。
不思議に思っていると手を掴まれてそのまま歩き出す。
「あの、土方さん私、帰ります」
「夜に一人でか。迷子が」
「迷子じゃないです」
「俺は迷子を保護しに来たんだ。家まで送ってやる」
前を向いたまま話すから土方さんがどんな表情で話しているのかわからない。
いつもと変わらないようにも聞こえるし、何かが違うようにも聞こえる。
いや、何かが違うように聞こえるのは私の願望が入り交じっているせいかもしれない。
そうだったら良いな、っていう願望。
「迷って、困ってたんです。有難う御座います、土方さん」
私の言葉に振り返った土方さんは笑ったように見えた。
もしかしたらこれも、私の願望が見せた幻なのかもしれない。
(20180804-20190407)
真夏の夜が見せた幻か現実か