降り出した雨をぼんやりと眺めていたら玄関の方から声がした。
こんな風に声を掛けるのは一人しか思い当たらない。
いつものように答えると直ぐに玄関の戸が開けられた。
振り返ると思い描いていた通りの人物で、鬱陶しそうに髪の毛の水滴を払っている。
「俄雨かねぇ。やだやだ」
「濡れたんですか?」
「ちょっとな」
「ちょっと待ってて下さい」
急いでタオルを取りに行って戻ってくると玄関に座り込んでいるのが見えた。
玄関濡れるだろ、と心の中で呟きながらタオルを手渡す。
お礼の言葉を聞きながら床を拭く為に雑巾を取りに再び立ち上がる。
「雨宿りさしてくんない?」
「良いですよ。そのままシャワーどうぞ」
「んー……じゃあ借りるわ」
床を拭き、着替えの甚平を置いて濡れた服を入れた洗濯機を回す。
シャワーの音が雨音に混ざって聞こえてくる。
冷蔵庫に常にいちご牛乳を置くようになったのはいつからだっただろう。
気が付けば買い物に行く度に買うようになってしまった。
自分の気持ちに気が付いた頃からだったかもしれない。
いちご牛乳は甘いから私は余り好んで飲んだりはしないのだけど。
「雨止まねえなぁ」
「傘お貸ししましょうか?」
「何、銀さんに帰れって?」
いちご牛乳を飲みながら目だけで此方を見ながらそう言われる。
そんなつもりは全く無かったので否定すれば冗談だと笑い出した。
髪の毛から滴が落ちたのが見えて手を伸ばす。
首に掛けられているタオルで毛先を包む。
「拭いてくれんの?」
「え?良いですけど、何でこっち向くんですか」
「何となく?」
向かい合わせで髪の毛を拭くなんて、落ち着かない。
せめて目を閉じてとお願いすると素直に瞼が閉じられた。
これだけで少しだけでも気持ちが変わるのだからあの瞳は少し、恐ろしい。
でもそう思う以上に綺麗で好きだと思えるから、質が悪いのだ。
「俺雨嫌いなんだよね」
「天然パーマですもんね」
「そうそう。放っとくと大変なんだって」
一旦そこで言葉を切ったと思ったら閉じられていた瞼がいつの間にか開いていた。
思わず距離を取ろうとした私の腕を大きな手に捕まえられる。
今まで手にしていたタオルが床に落ちて軽い音を立てた。
それを空いている方の手で拾ったかと思うと肩に掛け直す。
「でも、一緒に過ごす雨はそんなに嫌いじゃねえよ」
一瞬、触れるだけのキスをして満足そうに笑い自分で髪の毛を拭きだした。
全く止まる気配の無い雨音はまだまだ聞こえてくる。
(20140521-20141115)
俄雨