一人でイギリスから出るのは初めてで、到着した今でもドキドキが止まらない。
住所が書かれた封筒を手に目当ての建物に無事辿り着いた。
今は昼間で、この部屋の主は職場で仕事中だろう。
前に会った時に貰った鍵を使うのが今日になるなんてその時は思いもしなかった。
鍵穴に差し込んで回すとガチャリと音が立つ。


「お邪魔しまーす」


一応挨拶をしてから中に入るとほんの少しだけホッとした。
慣れない異国の街を一人で歩くのはやはりいつも以上に気を張ってしまう。
持ってきた荷物を置いて、途中で買ったミネラルウォーターを飲み干す。


部屋を見渡すと学生時代に一緒に撮った写真が目に入った。
恋人になる前、ただ隣に並んで手を振っているだけの写真。
前にウィーズリー家の皆と此処へ来た時は飾っていなかったのに。
こんなに前の写真を大事にとっておいてくれたなんて、思いもしなかった。
昔のビルの顔を指でなぞると擽ったそうに肩を竦める。


気合いを入れて部屋を飾り付けて、イギリスで沢山練習した料理を作って、時計を見るともう夕方だった。
まだケーキが完成していないというのに、ビルが帰ってきてしまう。
焦ってしまいそうになる自分をなんとか落ち着かせながらノートを確認する。
手順を浚って魔法で動いている泡立て器を手に取った時、鍵の開く音がした。


「……部屋の明かりが点いてると思ったら。夢かな?」

「あ、お帰りなさい」

「ただいま」


部屋に上がってきたビルは私の頬にキスをして手元を覗き込む。
泡立ったクリームと、焼いたままの姿で鎮座しているスポンジケーキ。


「大体、わかっちゃう……よね?」

「んー……まあ、ね」

「準備を完璧にして出迎える筈だったのに。まだお洒落もしてない」

「それはまた今度のお楽しみにしておこうかな。手伝うよ」


そう言うとビルはマントを脱ぎ、手を洗い出す。
準備を本人に手伝って貰うってどうなんだろうか。
悩んだけれど、作業しているのをずっとジッと見られているのもそれはそれで微妙だ。
また今度のお楽しみというのならそのまた今度は完璧に準備出来るよう頑張ろう。
なんて事を考えている間にビルは私の手から生クリームを取り上げる。
そして器用にスポンジケーキに塗り始めた。


「上手。やった事あるの?」

「あるよ。家は兄弟が多いからね」

「私より上手かも」

「じゃあ、バトンタッチ」


不思議な塗り方をしているなと思っていたら半分塗ったところでビルは私に生クリームを差し出す。
緊張しながら生クリームを塗り始めるけれど、ビルの視線を感じて仕方がない。
なんとか塗り終わるとビルが用意しておいた苺を手にし、ケーキに乗せ始めた。


「一人で来たの?」

「うん」

「大丈夫だった?」

「大丈夫。緊張はしたけど」


ビルを見上げると笑顔を浮かべて苺を乗せ続けている。
ぐるりと一周乗せ終わり、余った苺を自分の口へ入れた。
もう一粒持ち上げたと思ったら私の口元へと近付ける。
口を開くと唇に僅かに指が触れた。
にっこり笑うビルを見ていると自然と口角が上がる。


「完成?」

「あ、あとはこれを乗せたら完成」


誕生日おめでとうと書かれたプレートは市販の物だ。
真ん中にそれを乗せるとビルがケーキをテーブルへと運ぶ。


「あとは、お洒落だっけ。今のままでも可愛いけど」

「着替える。直ぐだから」

「待ってるよ」


頭を撫でて、ビルはベッドルームの扉を開ける。
お礼を言って鞄を持ち、ベッドルームへと入った。




着替えてメイクをして髪型を変えて出て行く。
ビルは可愛いと褒めてくれて、それだけで頑張った甲斐があったような気になる。
けれど、今日はそれだけで満足してはいけない。


「誕生日おめでとう、ビル。完璧に準備は出来なかったけど」

「来てくれただけで嬉しいよ。名前の可愛い姿も見られたしね」


背中に腕が回されて、引き寄せられた。
久しぶりのビルの体温に幸福感が湧き上がってくる。
ビルも同じように思っていてくれるだろうか。


食事を終えてからずっとビルが欲しいと言っていた本をプレゼントとして渡した。
シャワーを浴びて部屋へ戻るとビルは本にすっかり夢中になっている。
テーブルの上に置かれているカップの中にある紅茶はすっかり冷めているようだ。
飲み干して新しい紅茶を注ぎ、元の位置に戻す。
ついでに自分の分も用意してビルの隣に座った。


「あ、お帰り」

「ただいま。本、面白い?」

「面白いよ。一気に最後まで読んじゃいたいくらい」


そう言いながらもビルは本を閉じてテーブルに置く。
代わりにカップを手にして、紅茶が新しくなっている事に気が付いたらしい。
お礼の言葉を聞きながら紅茶を飲む。


「毎年、誕生日は名前が祝ってくれたら良いな」

「任せて。来年はちゃんと完璧に準備して待ってるから」

「ふふふ。そういうところ、可愛いよ」


思いもしなかったビルの言葉に首を傾げるけれど、ビルはただ笑うだけ。
よくわからないけれどビルが楽しそうなら良いか、と私も同じように笑う。




(20181129)
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