彼がエジプトから異動してきた日、初めて会った。
長い髪をポニーテールにしてドラゴンの牙を耳にぶらさげたその人。
かっこいいと素直に思ったのは私だけではないだろう。
休憩時間に早速色々質問されていたのが何よりの証拠だ。


彼はあっという間に打ち解け、仕事も早く正確。
学生時代に優秀だったというのが本当だったと皆が感心していた。
そして何人かに声を掛けられている。
誰と何処へ一緒に行ったなんて自然と耳に入ってきた。


「モテるのね」

「んー……異動してきたから物珍しいだけじゃない?」

「そうかしら?」

「うん。皆一緒に食事してさよなら。特別な事は何もないよ」

「ふぅん」

「あ、信じてないな」

「半信半疑ってところ?」


何か言いたげに器用に片眉を上げたビルに思わず笑ってしまう。
くすくす笑っていたら私の机に追加の書類が置かれた。
ショックを受けている私を見て、今度はビルが笑い出す。
脇を突っつきながら書類に向き合ってもまだ隣からは笑い声が聞こえてきた。
私を笑っているとその内同じ目に合うんだ、と心の中で叫ぶ。




ある日、フランスから来たという子がやってきた。
随分と綺麗な子で、男性陣は殆ど見惚れている。
そんな中、ビルは普通に接していて周囲がざわついた。
知り合いなのか解らないけれど、親しげに話している。


「彼女と知り合い?」

「知り合いというか、対校試合の代表選手だったから知ってるだけ。僕も試合を観に行ったから、向こうはその時に見かけたらしい」

「ああ、それで見た事があるような気がしたのね」


新聞でも大きく取り上げられていた三大魔法学校対抗試合。
代表選手は四人で、主にハリー・ポッターについて載せられていた。
確かにあのハリー・ポッターなら恰好の的だろうなと思ったのを覚えている。
ハリー・ポッターの影に隠れてしまったとは言え代表選手に選ばれるのだから彼女は優秀なのだろう。


フラーがやってきて数日後、早速ビルとデートをしたらしい。
しかし、今までと違ったのはその後何回もデートに行ったという事。
毎回毎回何処に行って何を食べていたかまで詳細に。
あっという間に噂が広がるのは学校でも同じだ。


「フラーと仲良くなったの?」

「英語を教えてるだけだよ」


肩を竦めそう言ったビルに周囲の視線が集まる。
皆興味津々といったところか。噂を聞いた以上私も気になっては居るけれど。
だからだろうか、自然とビルを夕食に誘っていた。




程々に、大胆になれる程に、酔っ払っていた自覚はある。
夕食を一緒に食べてビルが家まで送ってくれてちょっとお茶でもなんて誘って、気が付いたら朝だ。
一体どうしてこうなったのか、覚えているような覚えていないような。


とりあえず渇きを訴える喉を潤そうとベッドから抜け出す。
水を飲みながらベッドで眠っているビルを眺める。
休みだしなんて調子に乗ったのがいけなかっただろうか。
かと言ってこの状況を後悔しているかと問われたら首を横に振るだろう。
私だって少なからずビルに好意を持っているからデートに誘ったのだ。


「とりあえず、朝食か」


何をするにも何を考えるにも空腹では禄な事にならない。
久しぶりに誰かと一緒に朝食を食べる事が出来るのだ。
豪華な、まではいかないけれどいつもよりはちゃんと作る気にはなる。
トーストにスクランブルエッグにベーコン、それからサラダを用意した。
普段は適当に淹れる紅茶もしっかり時間を測って淹れる。
二人分の朝食を並べて心の中で自画自賛なんてしてみたり。


「ビル、朝だよ」


未だベッドで夢の中に居るビルを起こす為に近付いて声を掛ける。
小さく唸ったビルはやがて瞼を開き、瞬きを数回。
おはようと声を掛けたらビルの目が私を捉え、また瞬きをした。
これは寝起きの私と同じで現状把握でもしているのかもしれない。
そう思ってそのまま待っていると、上半身を起こしたビルに手を引かれ抱き締められた。


「おはよう、名前」


耳元でする寝起き特有の掠れた声。
いつもポニーテールにしている髪が解かれていて頬を擽る。
そっとビルの体を押して離れ、朝食が出来た事を伝えた。


「一応、聞いておくけど本当にフラーには英語を教えてるだけ?」

「嘘だと思ってる?」

「そういう訳じゃないわよ。念の為に確認」

「浮気なんてしないよ」


ビルはトーストにマーマレードを塗りながら肩を竦める。
浮気じゃないなら良いか、とサラダを口に運ぶ。
向かい側ではビルがトーストをかじっている。
髪を結んでいないのが珍しくてまじまじと見つめていると食べづらいと苦笑いで言われてしまった。




ビルとデートした日から暫く経った頃、フラーとの英会話教室に進展があったらしい。
フラーがビルの家に行くのを見た人がいるというのだ。
一体どうやって情報を得ているのか、毎度不思議でならない。
ビルは今両親と同じ家に居るから、家に連れて行ったという事はそういう事なのだろう。
フラーと話すビルを見ながらぼんやりそんな事を考えていたら、戻ってきたビルに笑われた。


「手、止まってる」

「優しいビルが手伝ってくれるでしょう?」

「どうかなぁ」


くすくす笑いながらビルが腰を下ろす。
羽根ペンを握り直して書類に向き直る。

「私を手伝うと綺麗な恋人が嫉妬しちゃうかしら」

「仕事中なら大丈夫だよ」

「手伝って貰えないじゃない」

「名前は優秀だから終わらないなんて事ないさ」


軽口を叩きながらそれとなく聞いてみたらビルは否定しなかった。
聞き耳を立てていたらしい周囲の人が顔を見合わせひそひそと話し始める。
きっとやっぱり噂は本当だったんだなんて話しているんだろう。

その年のクリスマスが終わる頃、私は仕事を辞めた。
母が体調を崩したというのもあるし、思ったよりも私はビルに惹かれていたらしい。
初恋でもないくせにまるで子供みたいだと自分で呆れてしまう。


例のあの人が復活し、ハリー・ポッターによって倒されて暫く経った頃、ビルとフラーが結婚した事を聞いた。
それと同時に二人の間に子供が生まれた事も。
生きて幸せに暮らしているという知らせが聞けただけで充分だ。
共に働いた日々は短くともとても充実していたと思う。
いつもふと思い出すのはビルを好きでいたあの頃だった。




(20180511)
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