ホグワーツを卒業して私はダイアゴン横丁にあるカフェに就職した。
元々お菓子作りが得意だったので、カフェで出せないかななんて安易な考えだったのだけれど現実は厳しく、毎日店内で珈琲や紅茶を運んでいる。
店長の淹れる珈琲は豆に、紅茶は茶葉に拘り、淹れ方にも拘っていてとても美味しい。
人気店なので毎日忙しいけれどやりがいも感じられるし、パティシエでもある副店長からお菓子作りを教わっていたりもする。
両親はホグワーツに通ったのだからせっかくなら魔法省になんて言っていたけれど、私は今の生活が気に入っていた。


クリスマスが近付いてくると店内も混雑してくる。
焼き立てのジンジャークッキーを袋に詰めた瞬間から売れていく。
副店長の作るジンジャークッキーはとても美味しくて大人気なのだ。


「ジンジャークッキーを10お願いします」

「はい。少しお待ちを……」


作業をしていた手元から視線をあげて思わず言葉を失う。
記憶にある姿とは違うけれど、間違える筈がない。
デートに誘う勇気もなくずっと密かに想っていた相手。
卒業してエジプトへ行ってしまったから会うのは難しいだろうと思っていた。
二つ上のビル・ウィーズリーが目の前に立ってジンジャークッキーを注文している。


「名前、だよね?」


動揺しながらも紙袋にジンジャークッキーを詰めていたら名前を呼ばれた。
落ち着かない心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思いながら頷く。


「此処で働いてるんだね」

「はい」


笑顔を浮かべるビルが記憶のビルと重なる。
変わらない笑顔に嬉しくなりながら会計を済ませると紙袋を手渡す。
今が仕事中でなければ良かったのに、なんて思う。
心の中で溜息を吐きながら店員としての決まり文句を口にする。


「有難う御座いました」

「うん。またね」


笑顔を浮かべ、手を振りながらビルは店を出て行く。
また会えるかわからないけれど、その言葉を選んでくれた事が嬉しい。
この後の仕事が今までより頑張れそうな気がしている。
自分でも単純だと思うけれど、それだけ嬉しかったのだ。




クリスマスが終わり、年が開けるといつものように店内も落ち着いてくる。
クリスマス休暇も早々に終わり、初出勤を終えた。
結局あれからビルには会えていない。
もうエジプトに帰ってしまったんだろうか。
今思うとあの日会えたのは夢のような出来事だった。


マフラーを首に巻き付けて店を出る。
先程までは降っていなかった雪が降っていて、一気に身体が冷えていく。
早く帰って暖炉で暖まりたいなと思っていたら名前を呼ばれた。
振り向かなくても直ぐにその声の主が誰だかわかる。


「お疲れ様」

「ビル……どうして?」

「この間は忙しそうだったから。この後の予定は?」

「特に、ないけど」


目の前に居るビルを信じられない気持ちで見つめているとパブに誘われた。
予定はないと言った以上断るなんて選択肢はない。
予定があったとしてもビルのお誘いを断るなんて有り得ないけれど。




パブに入るとビルが注文をしてくれて、テーブルに並んだ料理には私の好きな物もあった。
ビルにこれ好きだったよねなんて確認されて、友人として過ごしたホグワーツ時代を覚えていてくれた事を知る。
空腹だったので遠慮なく料理に手を伸ばす。


「二年半ぶり?」

「うん」

「まさか名前が居るなんて思わなかったから驚いたよ」

「私も驚いた」

「だろうね。目真ん丸だったよ」


からかうように笑うビルも懐かしい。
蜂蜜酒を一口飲んで、再び料理に手を伸ばす。
そういえば昔はよくビルの隣で食事をした。
また来たのと言いながら笑顔で隣に座らせてくれてとても幸せだったのを思い出す。



他愛ない話をして、蜂蜜酒と料理を味わって、何より相手がビルというだけで幸せだ。
夢ならばこのままずっと続いて欲しいと思ってしまう。
けれど飲んで食べていれば段々とこの時間の終わりが見えてくる。
残り少ない蜂蜜酒をちびちび飲んでいたけれどもう終わってしまった。
マフラーを巻き付けて外に出ると冷気によって一気に現実へと戻される。


「外寒いね」


そう言いながら店から出てきたビルが隣に立つ。
手を伸ばしたら触れられるな、なんて思いながら一歩踏み出す。


「エジプトには、いつ戻るの?」

「明日の朝。次帰ってくるのは夏休みかな」

「そっか。夏休み……」


会えそうなのはまだまだ先だなとか会って貰えるかなとか考えてしまう。
お店に来て貰えれば話が出来るかは別として、私が休みでない限り会える。
約束をしても良いかどうか悩んでしまう。
二年半という時間の長さをこんな事で思い知るなんて。


そんな事をつらつらと考えていたら、突然手を握られる。
驚いてビルを見ると真剣な表情をして私を見ていた。


「夏休み、デートしない?」

「え?」

「本当は明日にでもと言いたいんだけど、残念ながら夏休みまで待たないと。……嫌かな?」

「嫌なんて……嬉しい」

「そっか。良かった」


そう言って笑うビルが繋がれた手を引く。
勢いのままビルの胸に飛び込むとぎゅっと抱き締められる。
早く夏が来て欲しいと思いながらも、このまま時間が止まればと思っている自分も居る。
なんとなくだけど、ビルも同じように思っているんじゃないかと思った。




(20180124)
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