「行ってきます、パパ」

「後で迎えに行くからな」


笑顔で手を振る我が娘は今日も可愛い。
ヴィクトワールと遊ぶのが楽しみだと話すステラを思い出すと自然と口角が上がる。
今日はステラがビルの所に行きたいと望んだのだ。
相変わらずビルが好きなところは母親譲りなのだろう。
嬉しいような寂しいような複雑な気分だ。


寝室の扉を開けば珍しく名前がまだ夢の中にいる。
どうやって起こそうかあれこれ考えながらベッドに座った。
このまま眠っている名前を眺めていたいような、添い寝してしまいたいような。
しかし今日は予定があるから起こさなければならない。
そっと頬に触れ、そのまま輪郭をなぞる。
なぞった頬にキスをしようとしたら額に手が添えられ勢いを止められた。


「おはようジョージ」

「おはよう」


名前はそのままベッドから抜けて部屋を出て行く。
後ろを追い掛けて用意しておいた朝食をテーブルに並べる。
一緒に出すオレンジジュースは名前の手作りだ。
トーストにマーマレードを塗って皿に乗せる。


「今日は珍しく早起きなのね」

「休みの日位はね」

「先週は休みの日だから寝かせてってステラに言ってたじゃない」

「そうだっけ?」


本当は覚えているけれど、今日は家族三人で過ごした先週とは違う。
マグルの服を着て名前の向かい側に座り、持ってきたグラスジュースを注いだ。
いつ飲んでも多少の変化はあるもののとても美味しい。




映画館に来るのはまだ片手で数えられる程度だ。
色々なタイトルが書かれたポスター。
数ある中から俺が選んだのは恋愛の話らしい。
名前がチケットを買うのを横で見ながらついあちこちに視線が行ってしまう。
魔法界にはない施設だからか来るのが初めてではなくても興味が湧く。


「ふふ、まだ珍しい?」

「勿論。これが魔法じゃないなんてやっぱりマグルは凄いよ」


写真は動かないのに音が出るなんて魔法界の写真以上だ。
飲み物を買って席に座ると大きなスクリーンが目に入る。
今はまだ何も映っていない真っ白な状態だ。
周りは恋人同士が多いらしく、二人組ばかり。
マグルは映画館でデートをするらしいと言っていたフレッドの言葉を思い出す。


「名前は映画館でデートってした事ある?」

「家族を除けばジョージとだけ、ね。あ、シリウスとハリーと三人で来たのはデートになるのかしら」

「……ならない」


シリウスの楽しそうな顔が思い浮かんだ。
三人で暮らしている頃に来たのだと続ける名前の口を自分の唇で塞ぐ。
それも名前に頬を抓られて直ぐに離れる事になったのだけど。
楽しそうに笑う声が聞こえてリナの方を向くと一瞬唇が頬に触れる。
お返しにとキスしようと思ったら暗くなり映像が始まった。




本を読まなくても物語を楽しめるなんて素晴らしい。
魔法界でもいつかこういう物が出来ないだろうか。
映写機はあるからその気になればいつか実現出来るかもしれない。
そんな事を話ながら昼を済ませ、テムズ川沿いの道をブラブラと歩く。
子供と手を繋いで歩いている家族連れが目に入った。
年齢はステラより少し下だろうか。
俺は聞いた事の無い歌を歌いながら手を振っている。


「名前とのデートも楽しいけど、名前とステラと出かけるのも楽しい。困ったな」

「あら、それは困ったわね」


名前は言葉とは反対に面白そうにくすくす笑う。
結構本気で困ったなと思ったのだけど、よくよく考えれば幸せな悩みだ。


「俺は幸せ者って事かな」

「そうよ」


くすくすと笑う名前の頬にキスをする。
何度したってまたしたくなるのはどうしてだろうか。
結婚する前から今までそれは全く変わらない。




(20150712)
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