何がきっかけかは解らないけれど目が覚めた。
外はまだ暗くて、聞こえてくる音から雨が降っている事が解る。
手探りで杖を探し物の輪郭が解る程度の明かりを作り出した。
グラスに水を注いでそれを一気に飲み干す。
案外乾いていたらしい喉を心地良く潤していく。


「……名前?」

「あ、ごめんなさい。起こした?」

「眠れないの?」


半分目が閉じている状態でビルが尋ねてくる。
目が覚めただけだと声を抑えて伝えると腕を引かれた。
抱き締められて、眠れない子供をあやすように頭を撫でられる。
それだけでとても安心出来るから不思議だ。


「雨、降ってる?」

「うん、降ってる」


そう、と呟いてビルは口を閉じる。
ゆるゆると動いていた頭を撫でていた手も動きが止まった。
眠そうだったし、きっと再び眠ってしまったのだろう。
私が起こしてしまったのだから仕方が無い。
完全に目が覚めてしまったけれど目を閉じていたら眠れるだろうか。
そう思って目を閉じた瞬間、ビルが突然起き上がった。


「ビル?」

「ねえ名前、散歩しようか」

「散歩って……雨降ってるし、それにこんな時間に?」

「うん、夜の散歩」


きっと楽しいよ、だなんて言いながらビルが笑う。
着替えてマントを羽織るビルを見て私もベッドから出る。
私が支度を終えて寝室を出るとビルが外を眺めていた。
しかし直ぐに私に気付き、視線を此方に向ける。


「行こうか」


冷たい雨が降る外は暗くて、マントのフードに雨粒がぶつかる音がするだけでとても静かだ。
歩く度ビルが持っているカンテラの灯りがゆらゆらと揺れる。
繋いだ手が雨に濡れるけれど冷たいと思わないのはビルの体温のお陰だろうか。
男の人は体温が高いと言うけれど、もしかしたら私が低いだけなのかもしれない。
何となく指を絡めて見るとビルが私を見て笑顔を浮かべた。


「名前、ちょっとこれ持ってて」


突然カンテラを手渡され、繋がっていた手も離される。
少し寂しいと思いながらカンテラを高めに掲げてビルの背中を視線で追う。
しかし何をしているのかは暗い上に後姿で解らない。
ただ明かりが見えるから杖を使っているのは解る。
此方に戻ってきたビルは私の髪を撫でたと思ったら耳元から爽やかな香りがした


「花が綺麗だったから、やっぱり名前に似合うよ」

「ビルったら、何処かのお家のじゃないの?」

「大丈夫、野生のだよ」


ほら、とビルが明かりの灯った杖を向ける。
そこには薄紫色の大輪のクレマチスが咲いていた。
という事は私の髪に今挿さっているのはクレマチスなのだろう。
明かりに照らされたクレマチスはとても綺麗だ。


「名前」


突然頬に手を添えられたと思ったら反対側の頬にキスされる。
いつもより少し冷たいと思ったのはやっぱり雨のせいだろうか。
背伸びをしてビルの唇に自分の唇を重ねる。


「綺麗だね」

「クレマチスが?」

「名前が」

「口が上手ね」


何だか可笑しくて殆ど同時に吹き出した。
もう一度キスをして、再び指を絡めて歩き出す。
雨は先程よりかなり弱くなったようだ。
足を突っ込んでしまった水溜まりがパシャンと音を立てる。
家を出る前に防水呪文を掛けておけば良かった。


「そろそろ帰ろうか」

「うん。ココアが飲みたいわ」


帰ったら汚れた靴を綺麗にしてココアを飲んでビルにくっついて眠る。
クレマチスは確か空きビンがあった筈だからそこに入れておこう。
魔法を掛ければ通常よりも長持ちする筈だ。
そして明日の朝早く起きられたらいつもより少し豪華な朝食を用意しよう。




(20150712)

休日を迎える前に
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -