恋人になってと言われたってビルの事をそういう風に見た事はなかった。
ビルの気持ちに気付いてはいたけれどそれで意識していたかと言われるとどうだろう。
でも色々と断らなかった私も私かもしれない。
今日だって断る理由もなかったから一緒にパブになんて来てしまった。
マグルのパブに来るのは何回目だったか、と数えながらシャンディーを飲む。
「名前先輩、綺麗になったね」
「……そう?」
「嘘は言わないよ」
にこにこ笑うビルを見ながら昔の姿を思い出す。
ホグズミードの日にちが決まる度に誘いに来ていた。
何回か一緒に行ったし、断った事もある。
図書館に居れば何処からか現れて勉強を教えてくれと言われた。
クィディッチを見に行けばビルが座るのは私の隣。
思い返してみると友達とは言えないような関係だと気付いた。
まあ友達だと言うのなら恋人になってなんて言われないのだけど。
「ビルは、大人になったわね」
「……この間の事で解ってくれたと思ったけど」
「それは勿論解ってるけど」
ねえ、と言いながらビルの手が髪に触れる。
触れられるのなんて初めてじゃないのに、落ち着かない。
さり気なく一歩下がるとビルも同じように一歩下がる。
「名前先輩、僕が男だって解ってる?」
「解ってるわ」
「ふぅん……じゃあ明日デートしよう。ピクニック」
「ピクニック?」
「そう、ピクニック」
ね?と首を傾げるビルに気が付けば頷いていた。
デートのような事は何回もしているのに何故か気持ちが違う。
やっぱり恋人になってなんて言われたからだろうか。
ハムとチーズが挟んであるサンドイッチをかじる。
ビルが自分で用意したというサンドイッチ。
具をパンで挟むだけなのに、どうしてこんなに味が変わるんだろう。
ドレッシングだってそんなに変わらないんじゃないか。
「美味しくない?」
「え?」
「難しい顔をしてるから」
「そんな事ないわ。美味しい」
安心したように笑ったビルはジュースをグラスに注ぐ。
それを受け取りながらまた別のサンドイッチに手を伸ばす。
胡麻が入ったパンにレタスにトマト、玉葱が挟んである。
「ビル、料理得意なの?」
「どうかな……家で手伝いはしてたけど。名前先輩は?」
「まあ、困らない程度には」
食べてみたいと目をキラキラさせるビルから逃げるように視線を逸らす。
食べかけのサンドイッチをお皿に置いてジュースを飲み干した。
するとすかさずビルがお代わりを注いでくれる。
昔からよく気が付くと思っていたけれど、それは今でも変わらないらしい。
「……キスしてみる?」
突然の言葉に何も返せずただただビルを見つめる。
伸びてきた手が私の手を握り、軽く引っ張られた。
近くなる距離にどうしようと慌てながら嫌だと思っていない自分に気付く。
無抵抗のまま唇が触れ、離れたと思ったらまた触れる。
離れて見えたビルの顔が色っぽく見えて心臓が大きく跳ねた。
「名前先輩」
「……それ」
「ん?」
「先輩は要らないわ」
「……名前」
呼び方が変わっただけなのに、知っているのに知らない人のよう。
手を引っ込めようと力を入れてもビクともしない。
それどころか指同士を絡められてしまった。
こんなのまるで恋人同士だと慌てる一方で嬉しいと思っている自分に気付く。
「名前、恋人になってくれる?」
青色の瞳が昔のビルと今のビルが同一人物だと教えてくれる。
繋がった手が離さないと言う。
「……なっても、良いよ」
恋人だなんて職場では一切言わないで、態度にも出さないで。
そう条件を出すとビルは嬉しそうに笑った。
だから私は慌ててお試し期間だから、と付け足す。
(20150701)
カウントダウン