談話室に降りるとソファーに珍しい人物が寝ていた。
暖炉の火はもう消えかけていて部屋全体が薄暗い。
床に落ちていたルーン文字の辞典を拾い上げて名前を確認する。
ビル・ウィーズリーと書かれている辞書と、持ち主のお腹の上に乗った本。
確かこれはルーン文字学の課題で出された本だ。
訳しながら眠ってしまったのだろうか。


ローブを脱いでビルにかけ、暖炉に薪を足す。
魔法で心地良い室温になっていても風邪を引くかもしれない。
まあ風邪を引いても元気爆発薬を飲めば良いんだろうけれど。
ただ、ビルの体から煙が立ち上るのは見たくない。


ビルの物であろう羊皮紙と羽根ペンを持って本を捲る。
この課題なら辞書が無くても訳す事は簡単だ。
訳す本の内容はとても有名な不思議の国のアリス。
子供の頃から慣れ親しんだこのお話はすっかり覚えてしまった。
どうせ眠れなくて降りてきたのだから暇潰しに訳を書いてしまおう。


「夢の続きかな。名前がいる」


半分程度終わった時、急に髪の毛を一房持ち上げられて声が聞こえた。
振り向くとソファーに寝転がったままビルが此方を見ている。
おはよう、と挨拶を交わして起き上がるまで髪の毛は持ち上げられたまま。
手を放したと思ったらいつの間にか出現させていたゴブレットで何かを飲み始める。
そしてチラリと目だけで羽根ペンを握ったままの私の手元を見た。


「課題、やってくれたの?」

「半分ね。暇だったんだもの」

「有難う」


頬にビルの唇が触れ、ほぼ同時に手の中の羽根ペンが消える。
羊皮紙を持ち上げたビルの目が文章を追いかけ始めた。
突然暇になってしまったから本を持ち上げ何ページか捲ってみる。


「疲れてるんじゃない?」

「そうかなぁ。そんな感じは無いんだけど」

「忙しすぎなのよ」

「ちゃんと寝てるから大丈夫だよ」


この話は終わりと言うように羽根ペンをインク瓶に浸す。
新しい羊皮紙に私の書いた訳を書き写し始めた。
本当は自分でやらなきゃいけないんだけど、と言いながら。
ビルは全教科授業を受けているから少し楽をするくらい良いと思う。
言い訳にはならないと言うだろうから思うだけで言わないけれど。


「さっき、何の夢見てたの?」

「ん?名前の夢」


にこにこしながらそう言って書き写し終わった文章を確認し始める。
私の字が並ぶ羊皮紙と置かれているビルの羽根ペンを持つ。
続きを書き始めるといつの間にかビルが横から覗き込んでいた。
私の訳を読みながらこれまたいつの間にか手にしていた本と見比べる。
偶に辞書に向かって杖を振って単語を探す。


「眠れないの?」


突然ポツリと零された言葉に手を止めビルを見た。
ビルは辞書を指でなぞって単語を探している。
目当ての単語を見つけたのかまた本へと視線が戻っていく。
文章を追う途中一度チラリと此方を見て笑みを浮かべる。


「眠れないなら、一緒に寝る?」

「……本気?」

「さあ、どうだろ」


相変わらずビルは文章を読みながらの会話。
ビルは女子寮には入れないから場所は男子寮。
一人部屋ではないから勿論同室の同級生も居る。
それなのに、あんな言葉が飛び出るなんて。
幻聴だという事にして羽根ペンをインク瓶に浸す。
続きを書き始めると薪がはぜる音がした。


文字を書く音とページを捲る音、窓の外から聞こえてくる音。
普段の談話室では聞くことの出来ない音が聞こえてくる。
普段なら寝ている時間なだけに不思議と全ての音が新鮮だった。


「夢でさ、名前と一緒に寝てて」


ポツリポツリと話し始めたビルの声に再び手を止める。
顔を上げるとビルは本ではなくて私を見ていた。
魔法で捲られていた辞書の音がピタリと止まる。


「目が覚めて名前が居たら良いなって思ったら、名前が居た」

「……それって、ソファーで見てた夢?」

「うん、そう」


それで夢の続きかと一人納得していると本を閉じる音が聞こえた。
次に手の中の羽根ペンが消え、空いた手を引っ張られ体が傾く。
気付いた時にはビルに抱き締められた状態でソファーに寝転がっていた。
談話室のソファーは二人で寝転がれるような広さじゃない筈なのに。


「ビル、ここ談話室」

「少しだけ、このまま」


やけに嬉しそうなビルの声に離してという言葉が言えなくなってしまった。
何より、抱き締められている状態が心地良くて堪らない。
誰も居ないし少しだけならとビルの胸に顔を埋めて目を閉じる。




(20140824)
夢の続き
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