クィディッチワールドカップで騒がしい中、エジプトから一人転勤してくるという知らせを受けた。
ああそうなんだ、程度に思っていたのにやってきた人物は学生時代に片想いしていた相手。
エジプトからという時点で気付くべきだったのだろうか。
久しぶりに会えて勿論嬉しいけれど、少し複雑な気分だった。
エジプトに就職をすると聞いたから諦めたというのに。
黙々と仕事をこなすビルを見ながら身の回りを整える。
私はもう今日の仕事は終わったから、帰るだけだ。
此処から出て行くにはビルの近くを通らなければならない。
音を立てないようにゆっくり静かに通れば大丈夫だろう。
「あ、名前、帰るの?」
そう思ったのに、私に気付いたビルが羽根ペンを片手に顔を上げた。
ゆらゆらと耳に揺れる大きな牙を見ながら頷く。
「もう少しで終わるんだ。予定無かったら一緒に食事でもどう?」
「予定は無いけど、」
「久しぶりに名前と話したかったんだ」
機会が無かったし、と続けるビルの言葉に気付けば頷いていた。
久しぶりに話したいと私も思っていたからかもしれない。
ビルは片想いの相手である前に同級生なのだ。
卒業して直ぐにエジプトへ行ってしまったから、かなり久しぶりに会う。
同級生として食事に行くのなんて何も変な事じゃ無い。
カクテルを片手にビルがハンバーガーにかぶりつくのを盗み見る。
最後に会った時より髪が伸びたし大人っぽくなっただろうか。
ビルが転勤して来て暫く経つけれど、じっくり見たのは今日が初めてだ。
当たり前だけど学生時代とはやっぱり違う。
「断られなくて良かった」
「え?」
「名前は仕事が終わると直ぐ帰っちゃうから予定があるのかと思ってたんだ」
「予定があった訳じゃ無いんだけど」
まだ向き合う勇気が無くて逃げていたなんて言えない。
ふとした瞬間にまた想いが戻ってしまうんじゃないかって思ってしまう。
告げずに終わった恋はそもそも終わったのかどうかとても曖昧だ。
今だって少し騒がしい心臓に気付かないようにとカクテルを飲み込む。
「じゃあ、家で恋人が待ってるとか?」
「残念ながら恋人は居ないよ」
「そうなの?じゃあ僕と同じだね」
思わずサンドイッチに伸ばしていた手を止めた。
けれど直ぐにサンドイッチを持つ為に動かす。
サンドイッチをかじりながらビルの言葉を脳内で反芻する。
居ると思っていたけれど、ビルに恋人は居ないのか。
仕事の事やエジプトの事、ホグワーツ時代の事と話題は沢山ある。
すっかりカクテルも進んでしまって、すっかり良い気分だ。
何だかんだと理由を付けていてもビルと話すのはやっぱり楽しい。
寒い筈の外が余り寒く感じないのは間違いなくアルコールのせいだろう。
「ねえビル」
「ん?」
「私、ビルの事好きだったのよ」
酔って覚えていないなんて事になる程ではないけれど、全てをアルコールのせいにしてしまおう。
もし言ってしまったと後悔するとしても一晩中そんな気持ちで過ごすのもそんなに悪くない。
驚いた様子のビルを見る勇気が無くて背を向けたままだというこの状況は何とも情けないのだけど。
「何で、言わなかったの?」
「さあ……何でかな」
「名前」
人一人分あっただろう距離が嘘かのように直ぐに手を掴まれた。
ビルの方が足が長いから当たり前だと思いながら引かれるままに振り向く。
バッチリ目が合ってしまって、慌てて目を逸らした。
ドキドキと心臓の動きが早くなるのが解る。
こうなってしまうのもきっと全てアルコールのせい。
「好きだったって、昔の話?」
「昔、だけど」
「……僕は、今でも好きなんだけど」
耳がおかしくなったのかと思って顔を上げた。
けれどビルは真剣な顔をしている。
アルコールの影響でふわふわしていた頭が一気にクリアになっていく。
そしてじわじわと体温が上がっていくのが自分でよく解る。
「名前に恋人が居ないならチャンスあるよね」
そう言ってにっこり笑ったビルにドキドキする心臓はアルコールのせいじゃない。
私にあるのは頷くという選択肢だけ。
(20140724)
あのね、実はね、