「魔法って便利だねぇ」

「まだそう思う?」


食パンを切りながら呟くとビルがふふ、と笑う。
そんなビルの後ろでスポンジがお皿を洗っている。
魔法界に来て一年が経つけれどやっぱり便利だなと思うのだ。
洗濯物を干すのだって掃除だって杖一つでやってしまう。
暖炉に火を点けるのだってお皿を並べるのだって杖一つだ。
写真は動くし梟が手紙を配達しているし暖炉で移動が出来たりする。


魔法界と言っても私にとってはまず国が違う。
文化も食生活もその殆どが違っている。
英語だって最近になってほんの少しだけ自信を持てるようになった。
でもまだビルの兄弟達が話す早口の英語はさっぱりなのだけど。


「私も魔法が使えたら良いのになぁ」


机に置いてあるビルの杖を振ってみる。
けれど魔力が全く無い私では何も起きない。
呪文を唱えていないし、当たり前ではあるのだけど。
食パンを切る為に杖から包丁へと持ち替える。


「名前は、僕等には使えない魔法が使えると思うけど」

「魔法?」

「そう、魔法」


にこにこ笑うビルはその魔法が何か言うつもりは無いらしい。
切っておいた野菜をパンに乗せ始めるとビルが手伝う為にと移動する。
出来上がったサンドイッチや前もって作っておいたパイやサラダをハンパーに詰めていく。
そういえば、初めて一緒に食べたのはサンドイッチだった。
寝起きで作ったにしてはなかなか美味しかった、と思う。
最後に私が持ってきたワインを入れてハンパーを閉じた。


「準備出来た?」

「うん」


ハンパーを持ったビルの後を追いかけて部屋を出る。




電車とバスを乗り継いでケンウッド・ハウスへと辿り着く。
ケンウッド・ハウス前の芝生にラグを広げ、ビルと並んで腰を下ろす。
今日のロンドンは珍しく快晴で絶好のピクニック日和だ。
此方に来てから休日に偶にこうしてのんびりと一日過ごしている。
その度にスケッチブックに絵を描くのが習慣になっていた。
絵自体は通販で売る為に毎日描いてはいるけれど。


「リージェンツ・パークの方が良かったかも」

「でも、あそこの薔薇はもう少し先でしょ?」

「そうだけど、イングリッシュ・ガーデンの方が絵になるかと思って」

「じゃあ、次はそこに行こうよ」


そうだね、と頷いてビルはハンパーの中からワインと料理を取り出した。
スケッチブックに鉛筆を走らせる傍ら料理を食べつつワインを飲む。
そして隣にはビルが居て、サンドイッチやパイ、サラダといった美味しい物がある。
イギリスだろうと日本だろうと幸せだと思える休日の一時。
太陽によってキラキラするビルの赤毛は相変わらず綺麗だ。
本を読んでいるビルは私が見ている事に気付かない。


「ビルを描いたら、高く売れるかな」

「売るの?」

「翻訳魔法使ってるの?日本語で言ったのに」

「使ってないよ。覚えたの」


ふふふ、と笑いながら栞を挟んだ本を閉じた。
笑う度にゆらゆらとビルのピアスが揺れる。
私が英語を完璧に話せるようになるより先にビルが日本語を覚えそうだ。
スケッチブックに視線を戻し、また線を足していく。
売らないけれどいつかビルを描いてみたい。


「ねえ名前」

「んー?」

「結婚しない?」


突然そんな事をさらりと言うから一瞬理解が出来なかった。
手を止めてビルを見ると少し困ったように笑っている。
左手を握られて聞き間違いでは無いのだとぼんやりと思った。


「名前、結婚しよう」

「私魔法使えないし英語だってまだまだだしイギリス料理だって作れないよ」

「知ってる。名前が良い」


握られていただけの手をしっかり握り返す。
いつの間にか手を伸ばすとそこにあるのが当たり前になっていた手。


「帰るところ無いし、本当にずっと側に居るよ」

「そうじゃなきゃ困るよ」

「そう?じゃあ、宜しくお願いします」

「うん。もっとサプライズとかして、ロマンティックな方が良かったかもしれないんだけど」

「これ以上望んだら罰が当たっちゃう」


当たらないよ、というビルの言葉に返すより先にキスされて言葉を飲み込む。
此処は外だと気付いたけれど、今だけはこういうのも良いかもしれないと思った。




(20140615)
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