「名前」


目の前から歩いてきた恋人の名前を呼ぶと、目線を泳がせたと思ったら背中を向けて逃げていく。
その反応にどうしたものかと考えていると隣にいたジェームズが肩に手を置いてきた。


「シリウス、名前とはちゃんと恋人になったんだよね?」

「ああ、夢じゃなきゃな」

「夢だとしたら、なんて声を掛けるべきか」

「考えなくていい」


不満の声を上げるジェームズを無視して名前を追いかける。
行きそうな場所を幾つか思い浮かべながら。




恋人になったは良いものの、名前はとにかく慣れていなかった。
二人で居た事も何度もあるのに恋人という立場になると別らしい。
ある程度予想はしていたけれど、その予想を上回っていた。
最近は手を繋ぐ事も抱きしめる事も平気になってきたからその先へと思ったらあんな事に。
気長に待つつもりではあるが、逃げられるのはさすがに悲しくなってしまう。
その一方で意識されている事実に喜ぶ自分も居る。
そのうちこんな風に初々しい反応は見られなくなってしまうだろうから。


図書館のお気に入りの席を覗くと名前が座っていた。
背中を向けているからまだ来た事に気が付いていない。
静かに近付いて逃げ場をなくすように机に手を付いた。
驚いて顔を上げた名前と目が合ったと思ったら直ぐに俯いてしまう。
このまま後頭部を眺めているのも良いけれど、逃げられる前に話をしたい。


「話がしたいから場所変えるか、名前ちゃん」

「……うん」


大人しく頷いた名前の手を引いて図書館を出る。
城内で人気のない所へ向かい、座るように促すと名前は大人しく座った。


「あの、ごめんね」

「ん?」

「さっき……あの、逃げちゃって」

「んー、さすがに俺でも悲しいな」


名前は罪悪感たっぷりという表情を浮かべて俯く。
その姿も可愛いとは思うが、どちらかと言えば笑顔の方が嬉しい。
手を伸ばして頬を軽く摘むと驚いた顔になる。
名前はコロコロと表情が変わるのが見ていて面白い。


「だって、シリウス、なんか……優しいんだもん」

「友達じゃないからな」

「シリウス、優しくするのと好きは別だって」

「言っただろ、人には優しくするって。名前は恋人扱いしてるだけ」


小声で恋人と呟いたかと思えば、突然理解したように顔が赤く染まっていく。
頬に触れたままの手を滑らせて顎に添える。
口はまた逃げられてしまうかな、と考えて頬にキスをした。
これ以上赤くならないんじゃないかってくらい赤くなっている名前はまるで林檎のよう。


「……め、面倒にならない?」

「なんで?」

「もっと、慣れてる方が良いんじゃないかな、って……手繋ぐのだって全然慣れないし、抱き締められるのもまだ緊張するし、シリウスが優しいとか変な事言い出すし」


話しながら無意識なのか、ぎゅっと握り締めている手を解して指を絡める。
ピクリと反応する肩が小さくて抱き締めたくなるが、今は我慢。


「面倒なんて思った事はないな。面倒なんて思うのは体目当てのやつ位だろ」

「本当?」

「本当」


戸惑うように、視線を彷徨かせた名前が最後にこっちを見て笑顔を見せる。
我慢なんて出来るはずもなく腕を引いて体全体で名前を受け止めた。
繋いだままの手と、胸元にある頭と、体温が伝わるには充分すぎる距離。
今どんな表情をしているか想像するだけでも楽しいなんて、あの三人に知られたらからかわれてしまう。


「ゆっくり、慣れれば良い」

「ゆっくり?」

「ああ。嫌になんてならないから」


だから、逃げるのはなし、だなんて言葉は飲み込んでおく。
空いている手で名前の頭を撫でる。
少しずつ少しずつ慣れていくように、少しずつ少しずつ名前に触れていく。


「有難う、シリウス……大好き」


小さな声でそう言った名前は額を擦り付けるように頭を動かす。
そんな仕草が可愛くて堪らないからまた甘やかしたくなる。
きっと名前が思っている以上に名前の事を好きなのだと伝える術を探してしまう。
答えが見つかった時、名前は笑っていてくれる事を願って。




(20201229)
だからいつも隣で
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -