クリスマス休暇が終わり、初めてのホグズミードに行ける日。
勿論私も皆と一緒に行きたかったけれど、山のように課題が出た。
コツコツやっていれば良かったと後悔しても今更遅い。
しょんぼりしながら出かける皆を見送って図書館へと向かう。
新商品をお土産に買ってきてくれるという友人の言葉を胸に頑張るしかない。


図書館は下級生が何人も居て、課題をやっていた。
空いている席を見つけ、道具を広げて一息つく。
窓から見える青空に過去の自分を呪いたくなってくる。
とは言え後悔ばかりしていても仕方がないので教科書を開いた。


課題が無事に終わった事に安堵したと思ったら、次の瞬間羊皮紙が真っ白になる。
一生懸命書いた文字がどこにも見当たらない。
どうしてこんな事になったのかと羊皮紙を裏返してみたり教科書を持ち上げてみる。
しかしそれによって何かが起こる筈もなく、ただただ真っ白な羊皮紙が私の前にあるだけだった。
あんなに頑張ったのにまたやり直さなければならないなんて酷すぎる。
泣きそうになりながら羽根ペンに手を伸ばすと、急に羽根の部分が半分に折れて私の名前を呼んだ。
首を傾げていると、今度は体が揺れる感覚に陥る。
目を瞑って、ゆっくり開くとやけにぼんやりとした思考に脳内にハテナがたくさん浮かぶ。


「名前」


名前を呼ぶ声のした方へ目を向けると、ビルが居た。
瞬きを繰り返しているとビルがくすくすと笑う。
混乱する頭が落ち着いてくるのが自分でもわかる。
慌てて羊皮紙を見ると、途中からとても読めそうにない文字が書かれていた。
真っ白になっていない事に安堵しながら文字とも呼べない文字を杖で消していく。


「おはよう。よく眠れたみたいだね」

「うん、そうみたい」


ハッとして杖を置き、髪の毛を手で整える。
その様子にビルがまた笑ったからきっと手遅れだ。
それでも整えないよりは良いだろう。
しかし、なんという悪夢を見てしまったのか。
あれが現実じゃなくて良かったと心底思う。


「あれ、ビルはホグズミードに行かなかったの?」

「行ったよ。でも、名前が課題やってるって聞いて帰ってきた」

「寝てるんじゃないかって見に来たの?」

「そうそう」


からかうように笑いながらビルが隣に座る。
そして、羊皮紙を覗き込みながら教科書を捲り出す。
まじまじとその横顔を見てしまっているとビルの目が不意に此方を見る。
盗み見ていた訳ではないけれど、何故だか後ろめたい。


「ねえ名前、課題を終わらせて一緒にホグズミードに行くのと、このまま此処でゆっくり課題をやるのとどっちが良い?」

「え……あ、一緒に行きたい」

「うん、僕も。じゃあ頑張ろうか」


ビルから発せられる言葉を飲み込みきる前に、羽根ペンを手にしたビルが羊皮紙の切れ端に何かを書いていく。
覗き込むとそれは課題をやる順番だった。
夕方までにはと呟くビルは立ち上がり、本棚の向こうへ消える。
後ろ姿を見送りながら、一緒に行きたいとビルが思ってくれている事に気付いてにやけてしまう。
誰も見ていないと思ったのに、ふと下級生と目が合って慌てて顔を引き締める。
あの上級生一人でニヤニヤしてたよ、なんて話のタネにされたりして。




「はい、終わり。お疲れ様」

「……もう、頭が働かない」


机の上の積み上がった課題を前に疲労が押し寄せる。
ビルが本を纏め出したのをぼんやり眺めていたら、不意に頭を撫でられた。
自分で触れてもなんとも思わないのにビルに撫でられるのは心地良い。
どうしてだろうと考えるけれど、きっとビルだからだろう。


「さて、少しだけどホグズミードに行く?」

「うーん……行きたいけど、疲れちゃった」

「これだけ文字を書けばね」

「これからはコツコツやるー」

「それ聞くの何度目かなぁ」


反論の代わりに荷物を鞄に詰め込む。
ビルが用意してくれた本を持ち上げて歩き出すと、直ぐに後ろからビルに取り上げられる。
重いでしょ、なんて言うけれど授業のある日はもっと重い。
優しいビルの行動ににやけてしまうけれど、今度は一人じゃないから大丈夫。


「じゃあ、ホグズミードはまた今度って事で、僕と良い事しない?」

「良い事?」

「そ、良い事」


断る理由もないので図書館から出るビルの後ろをついていく。
ビルの言う良い事に思考を巡らせながら歩いていると、前を歩いていた筈のビルがいつの間にか隣に居た。
歩くのが遅い私に合わせてくれるのはいつもの事だけれど、以前友人に当たり前じゃないからと羨ましがられた事を思い出す。
時折私より半歩先になるビルの手を見つめる。
その手目掛けて手を伸ばし、なるべくそっと握ってみると、しっかりと握り返してくれた。


ビルと共に辿り着いたのは城の外で、周囲に人気はない。
かと言って薄暗さや陰気な雰囲気はないので居心地が悪いなんて事もなさそうだ。
そこにピクニックシートを敷く為に離れてしまった手が少しだけ寂しい。
けれど、すぐに手を差し伸べてくれて二人並んでピクニックシートに腰を下ろす。
ブランケットまで用意されていて、ビルが背中にかけてくれた。
体を包めそうな大きさではあるけれど、二人では入れなさそうなのが少しだけ残念。


「準備してたの?」

「うん」

「ホグズミードには間に合わないかもって思って?」

「名前が行くって言えば、喜んで行ったよ。行かないって言われて、それで今日は終わりっていうのは寂しいから」


ちょっと照れたように言うビルにつられて私まで照れてしまう。
照れてしまうけど、ビルの言葉にじわじわと喜びが込み上げてくる。
そして心はぽかぽかと温まっていくのを感じて、寒さなんて全く感じない。
ブランケットに包まれたまま横移動して、ビルにくっつく。


「次のホグズミードは、ビルと行きたいな」

「じゃあ、前日までに名前の課題手伝わないと」

「行けなくなったら嫌だから今度はちゃんとやる……多分」

「期待してる」

「ちゃんと出来たら、褒めてくれる?」

「勿論、いくらでも」


ブランケットの隙間から手を伸ばしてビルの手に触れる。
すぐに包み込むように握られた。


「もし、出来てなくても、今日みたいに二人で過ごすのも悪くないかな」


囁くように言葉を放つビルに、同じ事を思ってしまったのは、私だけの秘密。




(20200226)
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