「本当にごめんね」
「良いよ。早く行きなよ」
待っている恋人の方へ向けて友人の背中を押す。
一度振り返ってまた謝り、彼女は恋人と合流した。
二人を見送ってから腕時計に視線を落とす。
まだホグワーツに戻るには早い時間だけど、一人で見て回る気分でもない。
どうしようか考えていたら後ろから両肩に手が置かれた。
「やあ、一人?」
「ビル」
振り返るとビルが居て、その後ろでビルの友人達が此方を見ている。
目が合うと手を振るのでどうしようか考えていたらビルが振り返った。
「別行動で」
そう一言放つとビルの友人達は手をあっさりとその場を離れていく。
それを目で追っていたら、突然覗き込むようにしてビルの顔が現れた。
「友達、良かったの?」
「また一緒に来られるし、良いよ。それに、名前が一人でどうしようって顔してたから気になって」
「えー、そんな顔してた?」
「してたしてた」
笑いながら言ったビルに手を取られ、そのまま引かれる。
歩き出したビルの隣に並ぶと手が離れていった。
少しだけ寂しさを感じながらも、そんなに混んでいる訳ではないし仕方ないかとも思う。
「確かに一人でどうしようって思ってたから、付き合って貰っちゃおうかな」
「行きたい所はある?」
「うーん……それが思い付かなくて」
「じゃあ、適当に見て回ろうか」
「うん」
言葉の通り、店先を眺めながらのんびりと歩く。
既に何回も来ているから知り尽くしている。
だから新商品をチェックするくらいなのだけど、それが楽しい。
新商品の歌うレターセットを見ていたら別の棚を見ていたビルが何かを持って現れた。
「それ、買うの?」
「見てただけ。特に歌わなくても良いかな」
「はは、確かに」
自分がこのレターセットで手紙を貰ったらと考えたら少しだけ困ってしまう。
好きな相手から送られてもちょっとなぁ、なんて。
誕生日やクリスマスで友人宛になら良いのかもしれないけれど。
「何持ってるの?」
「向こうで見つけて、名前が好きそうだと思って」
そう言いながら見せてくれたのは星形の飾りが付いたヘアピン。
時間帯によって飾りの色が変わる魔法がかかっているらしい。
お昼過ぎである今は白色で、店内のライトに反射してキラキラと輝いている。
夜には一体何色に変わるのだろう。
「綺麗」
「付ける?」
「でも、先にお金払わないと」
「もう払ったよ」
「え?」
「ほら、大人しくして」
戸惑っている間にビルは私の髪にヘアピンを付ける。
あまりの手際の良さに驚いていると手を引かれ、鏡の前に連れて来られた。
鏡越しに笑顔のビルと目が合って何故だか慌ててしまう。
普通に目が合うよりも緊張するのはどうして。
「似合うよ」
「有難う。お金、幾らだった?」
「んー……次、行こうか」
手を握られて、ビルに店外へと連れて行かれる。
出る間際振り向いて見たお店の人は何故かとてもにこやかだった。
「ビル、お金」
「それはプレゼント」
「良いの?」
「うん。もし気に入らないんだったら……自分で使うよ」
「ううん、嬉しい。有難う」
「どう致しまして」
にっこり笑ったビルにつられてか、同じ様に笑顔を浮かべる。
ビルが私が好きそうだからと選んでくれた事が嬉しい。
無くしてしまわないように大事にしよう。
「休憩しようか。前に一緒に行ったカフェで良い?」
「うん。覚えてたの?」
「そりゃ、名前とのデートだから忘れようがないよ」
その言葉に体温が一気に上がったように感じる。
実際に上がっているのかもしれない。
覚えていてくれて嬉しかったからか、ビルの言葉に喜びを感じたからか。
繋いだままの手を意識すると自然と顔が笑ってしまう。
端から見たら怪しく見えていたりして。
カフェに入るとお互いに以前来た時と同じ物を頼んだ。
運ばれてきた飲み物に口を付けてビルを盗み見る。
ビルとは何度か一緒にホグズミードに来ているけれど、関係は友達のまま。
どういうつもりで私を誘っているのか聞こうと思いながらも聞けていない。
聞こうか聞くまいか、悩んでいたら目が合った。
「どうしたの?」
「あ、何でもない」
慌てて首を横に振って、手元へと視線を落とす。
前に来た時も同じ事を考えていた事を思い出した。
ホグワーツに戻ってからも、眠るまでもやもやとしていた事も。
そんな事を思い出していたら聞いてみようか、なんて気分になって顔を上げたら名前を呼ばれた。
自分の口から出た声が何だか間抜けに聞こえる。
「また、一緒に来ない?」
「えっと……このカフェに?」
「カフェもだけど」
困ったように目を逸らしたビルの様子に焦りが湧く。
ビルが言わんとしている事を読み取りたいと思うのに上手くいかない。
とにかく何か言葉を、と探していたらビルの目が此方を向いた。
「次は恋人として来られたらって思うんだけど、どう?」
「恋人……私と?」
「うん」
「ビルが?」
「そうだと嬉しいけど」
ビルの照れたような表情にじわじわと喜びが込み上げる。
先程まで聞こうか聞くまいか悩んでいた事なんてどうでもよくなってしまう。
「私も、そうなれたら嬉しいな」
素直に自分の気持ちを言葉にするとビルが嬉しそうな笑顔を浮かべた。
その顔が見られると今までに自分が思っていたより嬉しいという事に気付く。
この先、その顔が沢山見られたら良いなと思う。
(20190530)
君に声を掛けるその理由