「春休みなのに、進級しないなんて変な感じ」
「何が変?」
何気なく呟いた言葉に返事があった事に驚いて振り向くと、ジョージが椅子に座るところだった。
手には何やら見覚えのあるキャンディーが握られている。
私の目線に気が付いたジョージはニヤリと笑ってそれをポケットにしまいこむ。
「フレッドは?」
「アンジェリーナとデート」
「思ったより続いてるんだね」
「意外だよな」
ダンスパーティーの時の二人を思い出しながら言えば、ジョージも同じように頷く。
一体どんなデートをしているのか、興味はあったりもする。
普段のフレッドしか見ていないからそういう事を想像するのが難しい。
同じ様な理由でジョージも難しいと思っている。
ルームメイトに話したらどういう訳かそんな事はないと笑われてしまったけれど。
「それで、何が変なんだ?」
「ああ、日本では四月に進級だから」
「へえ、そうなのか」
「だからちょっと変な感じ」
イースター休暇という名の、所謂春休みが終わっても進級はしない。
最初は戸惑ったけれど今はそうだったと思うくらいだ。
それでも日本で生まれてある年齢までは日本に居たからか、しっくり来ないと思う事もある。
「今までそんな事言わなかっただろ?」
「そうだっけ。ジョージには言ってなかったかな」
「えー。誰に言ったんだよ」
「大体皆知ってるんじゃないかな。それこそ、アンジェリーナとか」
「俺だけ仲間外れって訳だ」
大袈裟なくらい悲しそうな表情を浮かべるジョージ。
思わず笑ってしまうとジョージも楽しそうな笑みを浮かべた。
「ところで、名前の今日の予定は?」
「特には。気が向いたら課題やろうとは思ってるけど」
「じゃあ今日は気が向かない事にして俺とデートでもどう?」
まさかデートという単語が飛び出してくるなんて思わないから、一瞬聞き間違えたのかと思ってしまう。
ジョージを見つめるともう一度デートの誘いを口にしたから聞き間違いではないようだ。
「デートって?」
「デートだよ。天気が良いから、湖に行っても良いし、別の場所でも散歩でも良いぜ」
「え、だって私とジョージ友達だよね?」
「……日本ではデートしない、なんて事ないよな?」
「するけど恋人同士がするのが一般的なんじゃないかな。多分?」
日本で読んだ本を思い出しながら答える。
それを聞いたジョージは真面目な表情で腕を組む。
もしかしたらイギリスでは違うんだろうか。
そういう事に縁遠いからか、違いがあるかどうかもわからない。
「でも、名前この前デートしてただろ?」
「してないよ。いつ?」
「この間ホグズミードでレイブンクローのやつと歩いてただろ」
「ああ。あれは、カフェに誘われて一緒にコーヒー飲んだだけだよ」
そう言うと今度は眉間に皺を寄せてしまった。
だって、本当にそれだけで特別な事は何もなかったのだから他に言い様がない。
ジョージの返事を待ちながらなんとなく視線を巡らせるとリーが隅で此方を窺っていた。
隠れるように見ていないで近くに来たら良いのに。
そう思ってリーを呼ぼうと上げかけた手を横から掴まれた。
「名前、コーヒーを一緒に飲んだのはれっきとしたデートだ。あいつは名前に好意を抱いてるんだよ」
「ええ……そんな事ないって」
「いや、そんな事あるさ。間違いない」
真面目な顔で、真っ直ぐ此方を見て、ジョージは言う。
そんな事を言われても、好意を表明されていないからどうしようもない。
言われてもいないのに断るなんて、まるで勘違いした痛い女みたいじゃないか。
そんな事を考えていたら握られた腕を引っ張られた。
「何、危ないよ」
「俺が名前をデートに誘う意味、わかる?」
「誘う意味?」
「そう。わかるだろ?」
倒れかけて慌てて付いた手をジョージが掬い上げる。
倒れそうになったのを両腕に力を入れて何とか堪えるけれど、ジョージが隙間を埋めるように座る位置をずらした。
デートに誘う意味がわかるかと言われても、先程のジョージの言葉を思い出すと導き出される答えは一つ。
けれど私の思い上がりかもしれなくてなかなか言葉を発する事が出来ない。
「もしかしてわからない?」
「……ジョージが、言った通りの意味なら」
想像以上に小さな声が出たけれどジョージの耳にはしっかり届いたようだ。
満足そうに、嬉しそうに、いつもよりも柔らかく笑うから、目が離せなくなる。
「名前、俺とデートする?」
普段と違う口調でそんな事を言われたら頷いてしまう。
掴まれていた両腕が離されて、ジョージが立ち上がった。
ジョージの手が触れていた場所がやけに熱いような寒いような、不思議な感覚がある。
どうしてこんな感覚に襲われるのか考えようとしたけれど、目の前に差し出された手に意識が向く。
ほぼ無意識にその手に自分の手を重ね、引かれるままに立ち上がる。
「行こう、デート」
「うん」
手は繋がったまま、ジョージが歩き出した。
握り返した方が良いのか、返さない方が良いのか、悩みながら歩く。
それでも不思議と気分は高揚していた。
(20190407)
春めき立つ