クリスマスも終わった町並みは静かで、擦れ違う人もいつもと変わらない様子で歩いていく。
偶に手にケーキ屋さんの箱を持っている人が居るのはきっと安くなっている物を買ったのだろう。
かく言う私も勤め先であるコンビニで安くなったケーキを買い、手に持っている。
もう暫くしたら夜が明けそうな道を歩き、家に到着したらこのケーキを一人で食べるのだ。
そう思っていたのに、玄関扉の前に大人が転がっている。
寒そうに体を丸めているけれど、雪が積もった地面に寝ていれば当たり前だろう。
恐る恐る手を伸ばして頬に触れてみると冷えてはいるが体温はあった。
「銀さん、起きて」
肩を揺らしながら声を掛けてみるが反応はない。
こんな所で寝られていたら部屋に入れないので何としても起きて貰わなければ。
更に激しく体全体を揺らしてみると呻き声が聞こえた。
「何だよ」
「それはこっちの台詞だよ。人の家の前で寝ないで」
腕を引っ張って起き上がらせようとするけれど寝起きのせいか起き上がろうとしない。
せめて扉が開く所まで退いて貰おうと引っ張ってみるが、ほんの少し動いただけだった。
「起ーきーてー。家に入れない。風邪引いちゃいますよー」
容赦なく肩を叩いて声を掛けるとやっと瞼が開く。
こんなに寒いのにこの人はどうして眠っていられるんだろうか。
それとも寒すぎて眠くなっているとか。
そもそもいつから居るのか全く見当もつかない。
腕を引っ張るとやっと起き上がってくれたので中に入る。
火の気のない部屋は寒いが吹き曝しの外よりはマシだろう。
「ちょっと待ってて」
「んー」
まずお風呂に湯を貯める為に蛇口を捻り、ケーキを置きに部屋へ行きタオルを持って玄関へ戻る。
言った通りに玄関で待っている銀さんの髪を拭こうと手を伸ばす。
しかし銀さんはやんわりとその手を払い、靴を脱いで浴室へと向かう。
「風呂、借りるわ」
「あ、うん」
「一緒に入る?」
「入りません。良いから早く入って来て」
背中を押して浴室へ押し込んで扉を閉める。
簡単にあんな事が言えるなんて、普段から言っているんだろうな。
いや、銀さんの事だから特に何も考えていない可能性もある。
銀さんと入れ違いで入浴を済ませて部屋に戻り、買ってきたケーキと作り置きの料理をテーブルに並べた。
お客さんが来ていたとしても今から料理をだなんて気分にはなれないので我慢して貰う。
「いただきまーす」
「名前ちゃん、このケーキは?」
「安くなったクリスマスケーキ。食べるよね?」
「マジか。ラッキー」
料理よりもまずケーキに目を付けるなんて流石甘党だ。
しかし、食べるのは料理からという事は後のお楽しみという事だろう。
料理を食べ終え、ケーキを食べながら朝のお天気を眺めていたら今日は昨日とは打って変わって晴れると言い出した。
どうせならクリスマスである昨日が晴れて欲しかった人は沢山居ただろう。
雪が積もっている上に降っていたからどれだけの人が出歩いていたのかはわからないけれど。
「あ、そういえば何か用だったの?」
「新八はお通のライブで、神楽も何かパーティーとか呼ばれたらしくて、暇だったから飲みに行った」
「ところまでは覚えてる?」
頷いた銀さんを見てまあそんなもんかと納得する。
クリスマスだからどうだとか、そういう事はないだろう。
家に一人だったからお酒を飲んで、酔っ払って、知り合いである私の家に来たは良いが留守だった。
クリスマスは仕事だと言っておいたのに、きっと酔っ払った頭では思い出せなかったのだろう。
一人頷きながらケーキに乗っている苺をフォークに刺す。
甘いような酸っぱいような、そんな苺だ。
「あ、これ渡そうと思ってよ」
「何?」
「クリスマスプレゼント?」
「何で疑問系なの。というか、私に?」
「この部屋他に誰か居んの?」
「居ないけど、思いも寄らない物が出てきたから」
「いらねぇんなら持って帰るわ」
「いります。有難う御座います」
ケーキを食べ終わってから開けようとテーブルに置く。
しかし、銀さんがケーキを食べながらチラチラと見てくるので開ける事にした。
中から出てきたのはコンビニで仕事中によく見たチョコレートのアソート。
もしかしたらこれは銀さんが食べたかったんじゃないだろうか。
説明が書かれている紙を見ながら、キャラメル味のチョコレートを口に入れる。
「バレンタインみたい」
「楽しみにしてる」
「覚えてたらね」
銀さんは私の言葉に不満の声を上げながらハート形のチョコレートを指で摘んだ。
どうするのかと眺めていたらそのまま私の口元へと差し出される。
唇に触れるチョコレートと、少しだけ触れているカサついた銀さんの指先。
口を開くとそのままチョコレートが押し込まれる。
「俺の気持ち」
一瞬意味が理解出来ず、銀さんを見つめてしまった。
更に、銀さんがいつになく真面目な顔で私を見ているから、益々理解が追いつかない。
ハート形のチョコレート、俺の気持ち、という二つの事が結びつかず脳内で回る。
すると、不意に銀さんが視線を逸らした。
「なんちゃって」
そう一言口にするとケーキの残りを一口で入れ、味の感想を一人呟く。
これは一体どっちなのだろう、と理解が追いついた頭で考える。
飄々としている銀さんの言葉は判断が難しい。
浮かんだ考えがもし間違っていたら赤っ恥じゃないか。
「食べちゃった、銀さんの気持ち」
「あー……そうだな」
「返さなくて、良いの?」
真っ直ぐ見つめて聞いてみるけれど、銀さんは私を見ない。
やっぱり間違っていたかなと思った時、手を握られた。
幾つかマメが出来ているのはいつも腰にある木刀のせいだろうか。
ゆっくり此方を見た銀さんと目が合った瞬間、体全体が心臓になったかのように脈打つのを感じる。
「何、返してくれんの?」
「うん」
頷いてみたものの、緊張から手が震えてしまう。
近付いて、唇に触れるだけで精一杯だった。
得体の知れない不安から銀さんを見る。
「やっべ、銀さん女の子にキスされたのとか久しぶり過ぎて心臓壊れそうなんだけど」
「……台無しなんだけど」
呆れていたら急に抱き上げられて膝の上に座らされた。
見下ろす銀さんの顔がやけに嬉しそうで、まあいいかと思ってしまう。
抱きつくと応えるように抱き締められて思わず口角が上がる。
頬に当たる柔らかい髪が擽ったいような心地良いような。
もう暫くこのまま堪能していたいと思いながら肩に顔を埋めた。
(20181228)
聖夜の名残