「課題、やったの?」
談話室の暖炉の前でお菓子を食べながらのんびりしていた私に、後ろからそんな言葉が掛けられる。
振り返ると手に何冊もの本を持つ図書館帰りと思われるビルが立っていた。
「課題なんてあったっけ」
「明日提出の変身術のレポート。やってないって騒いでなかった?」
記憶を手繰り寄せていくと真っ白な羊皮紙に辿り着く。
それに伴って私の表情も変化したのか、それを見ていたビルがやっぱりと呟いた。
もう夕食も食べ終わって寝るまでの時間をゆっくり過ごす筈だったのに。
「使えそうな本、借りてきた。手伝ってあげるから道具取っておいで」
「……はーい」
私の返事に呆れたような顔をしながらもビルは私の手を引いて立たせてくれる。
食べていたクッキーを一枚ビルの口に押し込んで部屋へと向かう。
教科書や羊皮紙なんかが入っている鞄を手に談話室へ戻るとクッキーが片付けられていた。
借りてきたという本を読んでいるビルの隣に腰を下ろす。
道具を広げているとビルが羽根ペンと羊皮紙の切れ端を持って行った。
「ビルって、本当にお兄ちゃんって感じだよね」
「まあ、お兄ちゃんだし」
「良いなぁ。私もビルみたいなお兄ちゃん欲しい」
「名前のお兄ちゃんはちょっとなぁ」
羊皮紙の切れ端に文字を書きながらビルが言う。
そっかーなんて言ってみるとビルは頷いただけだった。
一人、また一人と部屋へ行ってしまい、今や談話室には私とビルだけ。
一応一人でやるからとビルに部屋に行くよう促してはみた。
けれど最後まで付き合ってくれるらしく、本を読んでいる。
「ねえ、ビルって誰にでもそうなの?」
「そうって?」
「面倒見が良いでしょ」
そう尋ねながら書き間違えた部分に杖を向けた。
インクを吸い取り、正しい文字を書き直す。
レポートはもう少しで書き終わりそうだ。
「誰にでもってわけじゃないけど」
「ふーん」
「名前、そこ間違ってる」
正しいと思っていたのにまた間違えていたらしい。
杖でインクを吸い取って今度こそ正しい文字を書く。
チラリとビルを見ると目は本に向けられている。
結局私がレポートを書き終わるまでビルはずっと本を読んでいた。
そして今は私が書いたレポートを読んでいる。
私は指で羽根ペンを回しながら読み終わるのを待つ。
時計を見るともう日付が変わってしまっている。
「うん、良いんじゃない」
「本当?」
「うん。お疲れ様」
「やったー」
羽根ペンや羊皮紙を片付け始めるとビルが本を重ね始めた。
ビルが私の為に図書館でわざわざ借りてきてくれた本。
誰にでもというわけではないらしいけれど、私の面倒は見てくれる。
それは一体どういう意味を持つんだろうか。
「その本、私が返そうか?」
「まだこれ読みかけだし、僕が返すから気にしないで」
そう言うとビルは杖を振って本を消してしまった。
代わりとばかりに私が食べていたクッキーの箱を差し出す。
受け取って鞄の中に放り込む。
流石にこの時間に食べようとは思わない。
「今度からちゃんとやりなよ。って毎回言ってる気がするな」
「……気のせいじゃないかなぁ」
「そうだった?」
ニヤニヤしながらビルが私を見る。
思わず目を逸らすと笑い声が聞こえてきた。
けれど、こうしてからかわれたりするけれど毎回手伝ってくれる。
「ビルって、私の面倒見るの好きなの?」
「んー……好きかなぁ」
「え?」
「名前が言い出したのに何で驚くの」
「だって、ちょっとした冗談のつもりで」
まさか好きだなんて言われるとは思わなかったのだ。
面倒見るのが好きだなんて、まさかすぎる。
笑顔を浮かべるビルはまるで私の反応を見て楽しんでいるようだ。
「からかってる?」
「からかってないよ。本心。でも、面倒を見るのだけが好きなわけじゃないけどね」
「……え?」
ビルの言葉が理解出来ず、首を傾げる。
ビルは私ににっこりと笑ってみせると立ち上がり、階段へと歩いていく。
慌ててその背中に向かって名前を呼ぶと立ち止まってくれる。
「だけが好きなわけじゃないって、どういう事?」
「名前はどういう事だと思う?」
「え?」
「次の課題、ちゃんとやったら教えてあげるよ。じゃあ、おやすみ」
今度こそビルは寮へと入っていってしまった。
一体どういう事なのか、気になって仕方がない。
自惚れてしまいそうになる一方でそんな考えを否定する自分もいる。
ただ、思考が行ったり来たりで今日は眠れそうにないのは間違いない。
(20181107)
眠れそうにない、そんな夜