「おはよう。眠そうね」
「あれ、お前一人?」
欠伸をしながら降りてきたブラックに声を掛けたらそんな言葉が返ってきた。
肯定の言葉と共に頷いてみせると納得したらしく、辺りを見渡す。
そして目当ての人物が居なかったのか、隣に腰を下ろした。
そして私の読んでいる本を覗き込んだかと思ったら顔を顰める。
「休日にまで勉強か」
「貴方を待つ間暇だったからよ」
「俺?」
「伝言があるの。ポッターはリリーとデートに行ったわ」
「それを伝えるために残ってたのか」
「そう。じゃあ、伝えたわよ」
本を閉じて立ち上がり、図書館にでも行こうかと一歩踏み出す。
しかし次の一本を踏み出す事は叶わず再びソファーに座り込む事になってしまった。
「腕を引かずに呼び止めたら良いじゃない」
「暇なのか?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、俺と行こうぜ。ホグズミード」
いきなり何を言い出すのかと思えば、そんな誘い文句は今まで聞いた事がない。
勿論それは私にという意味で、女の子に言っているのは聞いた事がある。
何か企みがあるのかとブラックの様子を窺うけれど表情からは何も読み取れない。
「貴方なら幾らでも相手が見つかるんじゃない?」
「今日はジェームズと行くつもりだったからな」
「全員断ったの?」
「ああ。かと言って一人で行くと大変だろ?」
返す言葉もなく黙っていると肯定と受け取ったらしいブラックに急かされる。
待ってるからと言いながら本を奪われてしまった。
予定もないし良いかと思った過去の自分に止めておけと伝えたい。
ホグズミードでただ歩いているだけなのにあちこちから声をかけられる。
大体がシリウスが断った女の子で、上から下まで視線が動く。
あれは明らかに私の方がブラックに相応しいと思っている目だ。
私とブラックはそういった関係ではないのだけど、彼女達はそんな事はどうでも良いらしい。
とにかくブラックの隣に自分以外の女が居るのが気に入らないのだ。
そんな事が続いてぐったりしてしまった私は今ベンチに座り込んでいる。
ブラックは嬉々としてゾンコへと入っていった。
ポッターがリリーの恋人になってからというもの悪戯は以前より減ったとはいえ悪戯グッズにはまだまだ興味津々らしい。
楽しそうだったな、と思いながら冷たくなった手を擦り合わせる。
雪は降っていないし防寒対策をしてきたとは言え雪の積もるホグズミードは寒いのだ。
通り過ぎていく人の息も、私の吐く息も白い。
「待たせたな」
「本当よ」
「ほら、これやるよ」
ポンと膝の上に投げられたのはマフラーだった。
ブラックの名を現すような、マフラー。
ゾンコにマフラーは売っていただろうか。
巻いたら何かが起きたらと警戒しているとブラックがマフラーを持ち上げ私の首に巻き始めた。
「寒いんだろ」
「寒いけど」
「こんなもんか。次行くぞ」
有無を言わさず手を取られ、引かれるままに立ち上がる。
直ぐに手は離されてブラックは歩き出す。
背中を追いかけながらマフラーの事を持ち出しても上手くはぐらかされてしまう。
流石女の子と遊んでいるだけある。
三本の箒でも席取りから注文に行くまであっという間だった。
バタービールを受け取りながらそりゃモテるよななんて思ってしまう。
こんなに慣れているのにどうして恋人に発展しないのか不思議だ。
あそこに行ってあれを買ってなんて話すブラックを眺めながら心底思う。
多分本人がその気になれば恋人なんて簡単に出来る筈。
「なんだよ」
「ブラックは、恋人は要らないの?」
「は?」
「ほら、ポッターはリリーと過ごす時間が増えたじゃない。その時間、色んな子とじゃなくて特定の子と過ごしたいとか思わないのかなって。女の子が嫌いな訳じゃないんでしょう?」
黙って私の話を聞いていたブラックはバタービールを煽る。
何かを考えているのか私をジッと見てくるので居心地が悪い。
視線を逸らしても感じる視線を気にしながらバタービールを口にする。
「前から言おうと思ってた。そのブラックってのやめてくれ」
「……ん?」
「シリウスって呼べよ。な、名前ちゃん」
「あら、私の名前知ってたの」
「当たり前だろ」
当然だみたいな顔をされたけれど、そもそも質問と答えが一致していない事に気付いているんだろうか。
もしかしたら答えたくないから話を逸らしたのかもしれない。
何も言わずにブラックを見つめてみても話し出す様子はなかった。
バタービールが空になったのを確認してブラックは立ち上がる。
私も立ち上がろうと思ったらまた同じようにブラックにマフラーを巻かれた。
そして行くぞと言葉と共に歩き出してしまう。
後ろを歩きながらやはり慣れてるな、としみじみ思った。
(20171206)
伝言を頼まれた日