夏休み初日、制服に着替えてリビングへ行くと既にドラコは起きていた。
母特性の和朝食を箸で器用に食べる姿はすっかり見慣れている。
最初は全く使えなかったのに今では私より綺麗に使えていて何だか悔しい。
ドラコの隣に腰を下ろして私も朝食を食べ始める。
夏野菜が沢山入った味噌汁は少し冷めていて夏でも飲みやすい。


「おい」


茄子を口に入れた瞬間声を掛けられる。
喋る事が出来ないので顔を向けるとドラコの青い瞳が此方を見ていた。


「何?」

「今日から夏休みじゃなかったのか」

「そうだよ。今日から夏休み」

「じゃあ何で制服を着ているんだ」

「学校へ行くからだよ」


私としては全くおかしな事を言ったつもりはない。
それなのにドラコは頭でもおかしくなったのかと言いたそうな顔をしている。
だから私は今日部活へ行くのだと言ってみると眉間に皺が寄った。
そんな表情をしていてもかっこよく見えるのはイギリス人だからだろうか。
ドラコは元々綺麗な顔で、初対面ではドギマギしてしまったのを覚えている。
私とは違う青い瞳やプラチナブロンドもとても綺麗だと思った。
だからだろうか、ドラコが違う世界から来たと言われても直ぐに納得してしまったのは。


「夏休みなのに学校へ行くのか」

「行くよ。ドラコの学校は夏休みに行く事はないの?」

「ない」


キッパリと言い切るとドラコは卵焼きに手を伸ばした。
ドラコの学校は夏休みに学校へ行かないと言うのなら先程の表情も頷ける。
そういえば前も夏休み前が学年末ではないと知って驚いていた。
もしかしたらまだまだ違いがあるのかもしれない。


「そうだ、今日一緒に行こうよ」

「は?」

「だってドラコ、こっちの学校行った事ないでしょ?」


何を言っているんだという顔で固まるドラコ。
私は我ながら名案だとウキウキしながら食器を片付けてから学校へ電話をする。
顧問の先生に許可を得て母親にも伝え、身支度を終えたドラコと共に家を出た。


イギリスよりも日本の夏は暑いらしい。
ドラコは日差しに顔を顰めながら歩いていた。
多分不機嫌の理由はそれだけじゃないだろうけれど。
昼になるともっと暑くなるけれど大丈夫だろうか。
冷房の効いていても混んでいる電車でうんざりしているドラコを見ながら思う。


「これは毎日か?」

「まあ、大体。夏休みだから少し空いてるけど」


その言葉に目を見開いたドラコは信じられないと呟いた。




学校に到着すると入校許可証を貰い、スリッパを借りてから部室である美術室へ向かう。
隣を歩くドラコは物珍しそうに辺りを見回していた。
美術室に入るとまだ誰も来ておらず、鍵は開いているものの窓は開いていない。
荷物を置いてから窓を開けていくと風が室内を通り抜けていく。
比較的風が強いからこれなら余り暑くはならなさそうだ。


「お前だけか?」

「今のところはね。その内来るんじゃないかな。あ、好きなところ座って」


片眉を上げてドラコは並べられている机に目を向ける。
スケッチブックと鉛筆を用意していると椅子を引く音がした。
その隣の席に腰を下ろし、スケッチブックを開いて鉛筆を手にする。
すると向かい側から聞こえてきたおいと言う不機嫌そうな声。


「何をしている」

「何って、部活動」

「そういう事じゃない。どうしてこっちを向いているんだ」

「ドラコを描きたいなって」


それを聞いた瞬間、またドラコの眉間には皺が寄ってしまう。
実は初めてその姿を見た時から描いてみたいと思っていた。
隠れて描いた事はあるけれどやっぱり本人を前にして描きたい。


「……それが目当てで連れてきたな」

「え?」

「惚けても無駄だ」

「お願い。どうしても描きたいの」

「……今日だけだ。ただし、下手だったら許さないからな」


それはつまり出来上がったら見せろと言っているんだろうか。
そして上手か下手かはドラコが判断するという事になる。
少しの不安要素はあるけれどとりあえずお許しの言葉は貰えたのだ。
スケッチブックを構え直して鉛筆を走らせる。


「どうして僕がこんな事を……こんなマグルばかりの場所で」

「マグルって……非魔法族、だったっけ?」

「ああ。お前達の事だ」

「魔法ねー」


会話が続くかと思ったら、何の言葉も返ってこない。
スケッチブックから顔を上げると青色の瞳がこっちを見ていた。
不機嫌そうだった表情はすっかり消えている。


「ドラコ?」

「……マグルだが、世話になっているのは事実か」


呟くとまた不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
マグルと魔法族の事は詳しくは聞いていない。
ドラコが話したがらないのだ。
でもマグルという存在を好いていないのは何となく解る。
それでも、ドラコは出会った頃よりも態度が柔らかくなったと思う。
もし私が魔法族だったらもっと仲良くなれていただろうか。




部員がやってくると初めて見るドラコに皆大騒ぎだった。
スケッチは結局私だけではなくて、ドラコはうんざりした様子で、ずっと文句を言っても英語だから通じない。
しかし何故か私には英語ではなく日本語に聞こえるので文句をずっと聞く事になってしまった。
部員からは英語が出来たのかなんて言われたけれどそれならば英語のテストで苦しんだりはしないだろう。


そんな事があり、お昼に切り上げてそそくさと学校を出てきた。
どうしても外見で注目を集めてしまうドラコはやっぱり機嫌が良いとは言えない。
しかし朝より空いている電車は少し嬉しかったらしく、表情が和らいでいる。
冷房も効いているし、何より席に座れたのが大きいと思う。


「ドラコ、また行こうよ。人気者だったし」

「行かない。それにあれはただの見世物だろう」

「えー、あー……まあ、珍しいよね」


此方を睨むドラコの目がほらなと言っている気がする。
誤魔化すように笑ってみせると呆れたように溜息を吐かれてしまった。


「でもほら、せっかく違う世界に来たんだし。気分転換にはなったんじゃない?」

「……まあ、多少はな」


小さな声で呟くとぷいと顔を逸らしてしまう。
けれど、多少はという言葉だけで良かったと思える。
景色を見るドラコの頭を見ながら自然と顔が笑ってしまう。
本当に初めて会った時よりも距離が近付いた気がする。
夏休みは始まったばかりだし、次は別の場所に誘ってみよう。
その時はほんの少しでも良いからドラコが笑ってくれますように。




(20170731)
不機嫌な夏の始まり
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -