あのホグズミード以来、私とジョージの立場は逆転していた。
会話はするけれど二人きりにならないようにする。
ホグワーツで、しかも同じ寮だと完全に会わないようにするのは難しい。
談話室の隅に座り、フレッドとリーと楽しそうに笑っているジョージ。
私を避けていた時、同じように思ったんだろうか。
机に突っ伏してジョージの笑顔を見ていたら向かいにアンジェリーナが座った。
「こんな隅で寒くない?」
「ん、平気だよ」
「課題、進んでないみたいだけど」
「うん……ちょっと行き詰まっちゃって」
本当は課題なんて手に付かなくて、やり始めて本当に少ししか進んでいない。
羊皮紙もノートも教科書も纏めて重ねて机の隅に寄せる。
もう今から課題をやるような気分ではなかった。
インク瓶の蓋をしっかり締めて纏めて置いた教科書の上に乗せる。
「キャンディ、食べる?」
「キャンディ?」
「あ、フレッドとジョージから貰ったやつじゃないよ」
「じゃあ、安心だね」
笑ったアンジェリーナからキャンディを一粒貰い、口に放り込む。
レモンの酸っぱさと砂糖の甘さがちょうどいいバランスだといつも思う。
口の中で転がしながら自然とジョージを見てしまった事に気が付いて慌てて視線を逸らした。
ジョージは勿論、フレッドとリーにもバレませんように。
心の中でそんな事を祈りつつレモンキャンディに歯を立てる。
思ったより簡単に二つに割れたレモンキャンディを再び舌で転がす。
「最近、ジョージをよく見てるね」
「……そうかなぁ」
誤魔化そうとしたのがバレバレだったのか、アンジェリーナは片眉を上げる。
確かに最近ジョージから逃げているくせに気が付いたらジョージを見てしまう。
悪戯をしていたり授業中眠そうにしていたり兄弟と過ごしていたり。
どんな場面でも五年間で知ったジョージなのに不意にホグズミードでの彼を思い出す。
真剣な顔に、告げられた言葉、それに対する私の返事。
その全てが頭の中でぐるぐると回り続けて逃げる事を許してくれない。
「アンジェリーナは私をよく見てるね」
「気付いてるのは私だけじゃないよ」
肩を竦めたアンジェリーナの背後を見ると友人達が此方を見ていた。
目が合うと皆揃って笑顔を浮かべ、話をし始める。
色々と知っているアンジェリーナは偵察係なのだろう。
参ったなぁ、と思いながらレモンキャンディに再び歯を立てる。
またしてもレモンキャンディは砕けて小さな欠片が増えた。
「好きなの?」
「……うん、多分」
「多分?」
「だってつい最近まで友達だったから。元々好きだったし」
ジョージも、フレッドもリーもアンジェリーナも友人達も皆好き。
それは今も変わらない筈なのに、ジョージだけが少し違う。
それは気のせいかもしれないし気のせいじゃないかもしれない。
どちらだとしても実際にジョージと向き合わなければならないだろう。
解ってはいるけれど向き合う勇気がない自分は何て臆病者なんだ。
「でも、うん、頑張る」
「応援してるよ」
いつまでもこのままというわけにもいかない。
どうなるか解らないけれど、頑張ってみよう。
頑張ると決めたものの、いざ行動に移すとなるとそう簡単にはいかない。
ジョージともう随分話していないなぁと思いながら貼り出された次のホグズミード行きの紙を見る。
これに誘ってみようか、それともその前に何とかするべきか。
掲示板を前に悩んでいると突然顔を覗き込まれた。
「悩み事?」
「え、あ、フレッド?」
「正解。そんなに驚いたか?」
双子だから勿論彼等はそっくりで、それを本人達も面白がって悪戯に利用したりする。
だからちょうどジョージの事を考えていたところにフレッドが現れて驚いてしまうのは仕方がないと思う。
ふと気が付いて周りを見てみるけれどジョージの姿は見当たらない。
ホッとしたようながっかりしたような、何とも言えない気持ちだ。
「一人なの?」
「ああ。ジョージは野暮用」
「野暮用?」
「気になる?」
フレッドはニヤニヤしながら聞いてくる。
ここで気になると言えばフレッドにからかわれてしまいそうだ。
しかし気になると言えば気になるのでどう答えようか。
悩んだ末に頷くとフレッドは一枚の紙を差し出してきた。
「何?」
「行ってみろ。良い事があるぜ」
渡された紙を広げてみると書かれていたのはホグワーツの地図。
フレッドの字で書かれている地図にはスニッチが描かれている部屋がある。
多分、この部屋に行けばジョージが居るんだろう。
笑顔を浮かべているフレッドを見上げると早く行けと言われた。
お礼を言って談話室を出ると手書きの地図を見ながら歩き出す。
辿り着いた部屋は今までに来た事のない部屋だった。
あの双子はホグワーツの隠し部屋を色々と知っているらしい。
この部屋もその隠し部屋の中の一つなんだろうか。
ノックをしようと片手を上げてみるけれど決心がつかない。
息を吸って吐く、自分の立てる音だけが聞こえてくる。
歩きながら何を言おうか考えていたのに全く浮かばなかった。
ジョージの顔を見たら自然と言葉が出てくるかもしれない。
意を決してノックをしようとした瞬間、扉が開いた。
「名前?」
確認するように私の名前を口にしたジョージの目が手の中の地図を捉える。
ジョージならフレッドの手書きだと直ぐに解る筈。
久しぶりに間近で見るジョージに何だか緊張してしまう。
「入っても良い?」
「どうぞ」
引き返したジョージに続いて部屋の中に入る。
部屋の中は教室と同じように机がいくつも並んでいた。
違うのは机の上に薬草や本が乱雑に置かれているところ。
完成品のカナリア・クリームも積み重ねられている。
此処で悪戯グッズを作っているんだろうか。
「今は此処で作ってるんだ。そのうち部屋に持ってくけど」
「私に教えちゃっても良いの?」
「問題ない。名前は言わないだろ?」
ジョージはそう言いながら椅子に座る。
少し悩み、一つ空けて腰を下ろした。
途端に会話が途切れてしまう。
普段のホグワーツではこんなに静かな事は殆どない。
特に今は図書館でさえクラムのお陰で静けさとは程遠かった。
クリスマス以降それも少し落ち着いてはいるけれど。
「一緒にホグズミードに行きたい」
「え?」
言葉を探していたらつい口から零れ落ちた。
私自身も驚いているけれど、ジョージも驚いている。
色々と言うべき事を飛ばしてしまったと焦っても出てしまった言葉はなかった事にはならない。
一緒にホグズミードに行きたいのは本心だ。
静かな部屋で自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「あの、ホグズミードじゃなくても良いの。談話室でも図書館でも」
「それ、本気?」
「図書館?」
「違う。そっちじゃない」
ジョージの聞きたい事を理解して首を縦に振った。
ガタンと音がして一つあった椅子が床に倒れる。
椅子が一つなくなりジョージとの距離が近付く。
そして伸びてきた手が私の手を握る。
徐々に体温が上がっているような気がして落ち着かない。
「俺、期待するけど良いの?」
「うん。私も、ジョージの事気になるみたい」
あの日のジョージの真似をすると直ぐにそれに気付いたジョージが笑った。
空いていたもう片方の手で私からジョージの手を握る。
たったそれだけで今ならどんな事も出来てしまいそうな気がした。
(20170409)
魔法の始まり