目を覚ましていつの間にか眠ってしまっていた事を知る。
しまったと思い慌てて飛び起きると笑い声が聞こえてきた。


「おはよう」

「おはようじゃないよ。起こしてよ」

「一応起こしたんだけど」


ビルが杖を振って呼び寄せたゴブレットをキャッチする。
中に入っていた水を飲み干すとすかさずピッチャーからお代わりが注がれた。
それを今度はチビチビと飲みながら時計を見ると短針は一の上。


「ずっと起きてたの?」

「ん、まあね。これ読んでたから」


テーブルに置いてある栞が挟んである本を捲ってみると何だかよく解らない経済に関する本だった。
流石は銀行員と思いながら本を閉じ、再びゴブレットを傾ける。
するとラジオからやたらと元気な新年おめでとうという声が聞こえてきた。


「残念。一番最初に言おうと思ったのに」

「まだ名前は言ってないでしょ?」

「言ってないけどビルの耳に入っちゃったじゃない」

「……何回目か覚えてないくらいだけど」

「何で寝ちゃったかなぁ」


不満を吐き出してゴブレットを空にする。
起きているつもりだったのに暖炉の前が暖かいのがいけないんだ。
暖炉のせいにしながらキッチンへ向かうと温度差に一気に目が覚める。
やっぱり暖炉の前のソファーがいけなかったんだろう。


「ホットチョコレート?」

「うん。ビルも飲む?」

「欲しいな」


いつの間にか追いかけてきていたビルに後ろから抱きつかれた。
動きづらいと言ってもうんと返ってくるだけ。
ビルはそのままにしておく事にしてマグカップにホットチョコレートを用意する。
スッと腕が解かれ、持っていたマグカップが手から離れていく。


「早く戻ろう。こっちは冷えるよ」


そう言うビルを追いかけて暖炉の前に戻った。
マグカップを一つ受け取り、それを両手で包み込む。
やはり暖炉の前は暖かいな、と思いながらマグカップを眺める。
浮かぶマシュマロを目で追って時々マグカップを揺らす。


「明日、じゃなくてもう今日だね。どうしよっか」

「一日中家の中でも良いよ?」

「それも魅力的。でも散歩しようよ」

「手繋いで?」

「勿論。ビルは冬休みが終わったらエジプトに戻っちゃうんだし」


そう言うと手が伸びてきて顔の輪郭をなぞられる。
促されるようにビルの顔を見た。
暖炉の炎に照らされて肌は赤みがかっている。
そういえば火に照らされると肌が綺麗に見えるとか何とか。
でもビルはいつも綺麗だな、なんて事を考えながらビルの手に自分の手を重ねた。


「あったかい」

「暖炉の前だもの」

「名前」

「冗談だよ」


直接会っている間しか感じられない。
いくら写真で顔を見ようと、手紙で愛の言葉を交わしても。
もっともっと、と会う度欲張りになってしまう。
それが私だけではないと思うのは自惚れなんかじゃないと良い。


「ビル、新年おめでとう」

「おめでとう」


重ねた手を引いてビルの頬にキスをする。
するとお返しとばかりに唇にキスをされた。
心も、繋がっている手も、あたたかい。


来年はちゃんと、一番に言えますように。




(20170109)
Have a blissful year
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