「ただいまぁ。暑いー」


煩わしい靴下を脱いで床に落とす。
すると少しだけ涼しくなったような気がした。
早くシャワーを浴びてスッキリして来よう。
そう決めて制服のシャツのボタンを外していると目の前に差し出された綺麗に畳まれた服。


「お帰り名前。洗濯機回すからちゃんと入れておいてね」

「はーい」

「それから、脱ぐのは脱衣所に行ってから」

「……はいはーい」


適当に返事をするとビルは少し不満そうな顔をした。
どうしたって夏である以上暑いものは暑い。
制服は普通の服に比べて何故か暑さが増す気がする。


ビルはある日突然現れた外国人で、どうやら違う世界から来た魔法使いらしい。
家族揃って余り深く考えない性格なので簡単にビルの居候が決まった。


シャワーを浴びていると外から洗濯機を操作する音が聞こえてくる。
それから扉が閉められる音がして洗濯機が動く音だけになった。
聞き慣れた音に耳を傾けながらシャンプーのボトルに手を伸ばす。




リビングに戻ると、外でビルが洗濯物を干していた。
冷房が効いている室内と違って太陽が容赦なく照りつける外はとても暑そう。
冷蔵庫から出した麦茶をコップに注いでソファーに座る。
麦茶を飲みながらボーッとしていたらビルが戻ってきた。


「あ、お疲れ様。麦茶飲む?」

「うん」


自分のお代わりを注ぐついでにビルの分も用意する。
籠を片付けて戻ってきたビルに麦茶を渡す。
テレビでもつけようとリモコンに手を伸ばすと髪に何かが触れる。
振り返るとビルの手から私の髪が滑り落ちるのが見えた。


「髪乾かさないと風邪引くよ」

「うん……ビル、魔法で乾かしてよ」

「ドライヤーあるでしょ?」

「だってドライヤー暑いんだもん」


仕方がないなぁって顔をしながらビルがタオルを手に取る。
どうやら魔法で乾かしてはくれないらしい。
ビルに背中を向けてされるがままになる。
いつもどんなにお願いしてもビルは簡単には魔法を見せてはくれない。
どうも本当に必要な時にしか使わないと決めているようだ。


「名前の髪は綺麗だね」

「そうかなぁ。枝毛も切れ毛もあるよ。授業でプールあるから傷むんだよねぇ」

「そういう事じゃないんだけど」


言いながら楽しそうにビルが笑い声をあげる。
ビルが楽しそうで良かったと思う。
それだけ家に馴染んでくれたんだと思うから。
それが良い事なのかは解らないけど、どうせなら楽しい方が良い。


「ビルの学校は登校日ってないんだっけ?」

「うん、ないよ。今日は何してきたの?」

「課題出して、集会やって……帰ってきた」

「それだけ?」

「それだけ。夏休みなのにねー。あ、でも友達に会えたのは嬉しいかも」


旅行に行った友達にお土産を貰ったり写真を見せて貰ったり、今度遊ぼうなんて約束をしたり。
登校日で良い事はそれだけかもしれない。
そもそも何で夏休みに登校日なんてあるんだろう。
登校日さえなければ早起きだってしなくて済んだのに。
自然と出る欠伸をしながらそんな事を考えてみる。


「ふふ、早起きしたから眠い?」

「うん。それに、人に頭触られるのって気持ち良くて眠くなっちゃう」


涼しいしすっかりソファーで落ち着いてしまって瞼が重い。
ソファーの背もたれに体を預けて麦茶を飲む。
これで何か美味しいお菓子があったら良いのに、なんて贅沢な事を思う。


「はい、乾いたよ」

「有難う。ビルって面倒見良いよね」

「これでも長男だからね」

「兄弟一杯居るんだっけ。良いなぁ、楽しそう」

「この家も、楽しいと思うよ」


隣に座ったビルがコップに手を伸ばしてそのまま口元に運ぶ。
その動作をジッと見ていたらビルと目が合った。
いつも青い瞳がとっても綺麗だなぁと思う。
日本人では滅多に居ない瞳の色に惹かれてしまうのはきっと仕方ない。


「もし帰れなかったら、お婿さんになろうかな」

「お婿さん……?」

「うん、お婿さん」


ビルが私の髪を指に巻きつけながら笑顔を浮かべる。
誰の、とハッキリ言った訳じゃないのに変にドキドキしてしまう。
顔も熱くなってきてしまって、これじゃあ自意識過剰だ。
そんな私の頭を撫でてビルは空になったコップを手に立ち上がる。
ビルが戻ってくるまでに心臓が落ち着いてくれないだろうか。




(20140815)
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