買い物を終えて家に帰って来ると玄関の前に見知った人が居た。
日の当たるこんな場所で眠っているのか目は閉じられている。
「銀さん、起きてますか?」
「ああ、起きてる」
「それは良かったです。玄関開けたいので退いてくれませんか?」
やっと開いた目に入るように鍵を持ち上げてそう言えば銀さんはのろのろと立ち上がった。
玄関を開けると閉め切っていた為にこもってしまった熱気が肌に纏わりつく。
何よりも先に窓を開けて玄関に戻ろうと振り向くと銀さんが買い物袋を持って部屋へ入ってくるところだった。
お礼を言って受け取り、冷蔵庫から出したお茶をコップに注いで銀さんへ差し出す。
「お前ねぇ、玄関開けっ放しは良くねーよ。泥棒でも入ったらどうすんだ」
「銀さんが居たので良いかと」
「……あっそ」
「お茶此処に置いておきます」
銀さんが頷いたのを見て買ってきた物の整理を始める。
ついでにやかんに水とお茶の葉を入れて火を点けておく。
これで銀さんが飲み干してしまっても大丈夫だろう。
「ところで、今日はお一人ですか?」
「ああ。あいつ等は海行くんだと」
こんな暑い日には海で泳ぐのはさぞ気持ち良いに違いない。
銀さんの口振りではきっと置いて行かれたのだろう。
だからと言って私の家の玄関の前で待っていなくても良いと思うのだ。
もし銀さんに何かあったら神楽ちゃんや新八くんが心配するだろう。
最後の野菜を野菜室にしまい終えて振り向くと直ぐ後ろに銀さんが立っていた。
「驚きました」
「あんまり驚いてるようには見えねえけど」
「そうですか?」
「そうです」
両腕を銀さんの手に掴まれて、首には唇が触れる。
髪の毛が触れる擽ったさと、汗をかいた事を思い出して肩を竦めた。
するりと掴んでいた手が腕を滑って行き手のひらで止まる。
そのまま持ち上げられて手の甲に唇で触れられた。
初めてこんな事をされたけれどこれはとても恥ずかしいかもしれない。
「汗、かいてますよ」
「知ってる。大丈夫、俺も汗かいてる」
「何が大丈夫なんですか」
良いから、と言った銀さんの手が頭の後ろに回された。
触れられた唇も触れている身体も全てが熱い。
銀さんが身体の何処かを動かす度水面が揺れる。
そして私が動いても同じ様に揺れて小さな波が混ざり合う。
昼間から浴槽に浸かっているなんて久しぶりだ。
勿論、熱いのでお湯の温度は心地良いと感じる温度。
「今頃神楽ちゃん達はどうしているんでしょうね」
「さあな」
「置いて行かれて拗ねているんですか?」
「別に、置いてかれた訳じゃねーよ」
腕が伸びてきて、指先が首筋をなぞる。
擽ったさに肩を竦めると銀さんがニヤリと笑った。
その指を捕まえてみればそのまま腕を引き寄せられる。
指と指が絡むように繋がれた。
「銀さん一生懸命仕事したんだから名前ちゃんに会いに来る時間作っても良いと思わない?」
「お仕事したんですか」
「昨日な。この暑いのに屋根直せってうるせーからよ」
依頼人の事を思い出したのか銀さんの眉間に皺が寄る。
言い方からして依頼人は知り合いなのだろう。
銀さんは職業柄知り合いが多い。
私が知っているだけでも一部なのだと思う。
「私も海に誘ってくれたら良かったじゃないですか」
「冗談。名前と二人で充分だろ」
空いていた方の手が頭の後ろに回される。
先程と同じだとぼんやり思いながら重なる唇に目を閉じた。
(20150809)
ある猛暑日のこと