まるでテレビで好きな芸能人を見ているようだと思う。
名前、年齢、外見、声、それを知っていても話をした事は無い。
いつも教室から彼がバットを振る姿を眺める。
芸能人と違うところはいつでも話しかけられるというところだろうか。


整った顔立ちに切れ長の目から人気が高い。
かっこいいよねなんて女の子達が話しているのをよく耳にする。
彼から見たら私もその子達と何ら変わりはないのだろう。


金属バットにボールが当たった音が聞こえる。
かっこいいな、と呟いた声が空中に消えていった。
その間にもバッティングの音が響いている。
飛んでいったボールを追いかけているのは一年生だろうか。
今頃部員を叱咤する声が響いているのかもしれない。


太陽が沈んでしまうとまだ肌寒く、教室の温度も下がってしまう。
それを機に私は鞄を手に立ち上がり窓を閉めて教室を出た。
薄暗い廊下を歩いて校舎の外に出ると冷たい風が吹き抜ける。
さっさと帰ろうと急いで校門へ向かおうとした瞬間、足元にボールが転がって来た。
白い皮が赤い糸で縫い合わされている手のひらサイズのボール。
使われているから所々黒くなっているそれを拾い上げた。


「すいませーん、投げて下さーい!」


離れた場所から一年生と思われる野球部員が手を振っている。
そんな場所まで届かないよ、と思いながらも思いっ切り投げた。
案の定何度か地面をバウンドしたボールは最終的には野球部員の足元まで辿り着く。
野球部員はお礼を言うとさっと背中を向けて他の部員の元へ走って行った。


彼も一年生の時はあんな事をしたりしたんだろうか。
そんな事を考えながら校門の方を向いた瞬間何かに思いっ切りぶつかった。
今まで障害物は何も無かった筈だからきっと物ではなく人だろう。
ぶつかった際に打ったらしく痛む鼻を押さえながら相手に謝る。


「いや、こっちこそ悪い。鼻大丈夫か?」

「あ……土方、くん」


土方くん、と初めて自分の声がその単語を音にした。
心の中では何回も呼んだ事はある。
そんな事より私は土方くんにぶつかってしまった。
どうしてぼんやりとしながら方向転換なんかしてしまったんだろう。
話が出来たら良いなと思ってはいたけれどこんな展開は望んでいない。


「おい、大丈夫か?」

「あ、だ、大丈夫!そんなに、強く打ってないから」

「そうか。悪かったな」


そう言って土方くんは控え目な笑顔を見せて歩き出す。
土方くんの向かう先は校門で私と同じだ。
ゆっくり、でも離れないように私も歩き始める。
まるでストーカーみたいだと思うけれどよく考えたら校門までだ。
その先は土方くんがどう進むかは解らない。


「やあ名字さん、今帰り?」

「近藤くん」

「俺も今帰りなんだ。お妙さん見失っちゃってさぁ」


しょんぼりした近藤くんに励ましの言葉を掛けながら歩く。
やっと明日こそはと近藤くんが顔を上げた時には校門に辿り着いていた。
土方くんの後ろ姿がまだ見えている。
立ち止まってボーッと何かを見ているようだ。


「トシじゃないか。おーいトシ!」


突然大声を出した近藤くんに私は慌てる。
どうしたら良いかなんて考える前に土方くんが振り返った。
さあ行こうと近藤くんに手を引かれてしまい、どんどん距離が縮んでいく。
立ち止まった場所は普通に話しても簡単に声が届いてしまう距離だ。
土方くんと近藤くんの会話を聞きながら、未だ掴まれたままの腕を見つめる。
こんなに近くに来た事は無いからどうして良いか解らない。
顔をじっくり眺めたいと思う反面、今すぐ逃げ出したい気持ちもある。
いっそ私の存在なんて忘れてくれたら良いのに、なんて思ってみたり。


「それより近藤さん、いつまで名字さんの腕掴んでるんだ?」


突然話題が私に移り、思わぬ単語に驚きで顔を上げた。
バッチリ土方くんと目が合って慌てて逸らす。
そして逸らしてしまった事に後悔する。
土方くんが変な誤解をしてしまわなければ良いのだけど。


謝る近藤くんに大丈夫だと伝えながら頭の中は土方くんの言葉がぐるぐる回っていた。
話をした事も無ければ近付いた事も無いのに私の名字を知っている。
いつも部活中にグラウンドから聞こえるあの声が私の名字を呼んだのだ。
何とも言葉にし難い喜びが湧き上がって来る。
そんな風にしみじみと喜びを噛み締めていると近藤くんが突然誰かの名前を呼んだ。
そしてあろう事か私と土方くんを残して凄い勢いで走り去って行く。
近藤くんの目指す先に志村さんを見つけて納得していると隣から突然悪かったなと声を掛けられた。


「近藤さんが迷惑掛けて」

「そんな、迷惑なんて」

「帰り道、どっちだ?」


一瞬何を聞かれたのか理解出来ず、少し遅れて帰り道を指差す。
土方くんはそれに何故か一度頷いて行くぞと言った。
この場には今私と土方くん、そして通りすがりの自転車。
という事は行くぞという言葉は私に対して発せられたのだろう。
とりあえず後ろを歩いてみると、いつの間にか前に居た土方くんが隣に居た。


「野球好きなのか?」

「え?」

「いつも教室から見てるだろ」

「え、何で知ってるの?」

「見えるんだよ。もしかしてうちの部に好きな奴でもいるのか?」


土方くんの言う通りなんだけれども、問題は本人だという事。
それに野球が好きかと聞かれたのは初めてで答えが直ぐに浮かばない。
確かに見始めてから色々と詳しくなったとは思うけれど。
混乱する思考のまま野球が好きだと伝えると土方くんはそうかとだけ呟いた。


「……じゃあ、これ一緒に行かないか?」

暫くの沈黙の後、そんな言葉と共に差し出された四角い紙。
自然と止まった私の足につられるように土方くんも立ち止まった。
ジッと此方を見る土方くんの視線から逃れるように四角い紙を見る。
毎日スポーツニュースで聞く球団の名前が二つ書かれていた。
つまり野球の試合のチケットで、土方くんに誘われている。


「なんで、私?」

「野球が好きなら、一緒にどうかと思っただけだ」


チラリと見た土方くんの顔は照れているようでドキッとした。
勿論一緒に行けるのなら嬉しいし断る理由も予定も無い。
一緒に出掛けたら、その照れている理由を聞いても良いだろうか。




(20150512)
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