「おい、何だそれは」

「笹です。副長もう眼鏡が必要ですか?」


くいっと眼鏡を上げる仕草をしながら名前がそう言った。
こんな事で苛ついていたらこの真選組副長なんて務まらない。
煙草の煙を吐いて目の前で鉈と笹を持つ名前に視線を戻した。
そのままズルズルと笹を引き摺って歩いていく。
確かあいつは今日非番だったか、と思い出して煙を吐いた。


朝飯の後見回りをして屯所に帰ってきたところで煙草を落としそうになる。
やけに活気付いているとは思っていたが、思わず何だこれと呟いていた。
何人もの隊士が手に鋏や糊、千代紙や筆を持っている。


「おー!帰ったかトシ!トシも一緒にどうだ?」

「帰って来やがったか。短冊増やした方が良さそうですねィ」


総悟が短冊に書き始めた文字は予想通りで、刀を抜いてやろうかと思った。
しかしそれはアタックしてきた近藤さんによって阻止される。
そんな近藤さんの手にあるのはお妙さんの旦那様と書かれた短冊。


「あ、戻ってたんですか。お帰りなさい副長」

「お前の仕業か」

「ああ……皆楽しそうでしょう?」

「仕事サボってな」


睨んでも名前は肩を竦めるだけで持っていた盆を机の上へ置いた。
その中に何故か俺の湯呑みもあって、名前はそれにも茶を注ぐ。


「とりあえず、座りませんか?」


そう言われてとりあえず座り、湯呑みを受け取る。
局長である近藤さん自ら参加していては止める事が出来ない。


「許して下さい。明日は七夕祭りの警備に行かなきゃいけないんですから」

「……警備で弛んでるやつが居たら容赦しねえぞ」

「はい」

「茶、くれ」


はい、と名前が返事をして急須に手を伸ばす。
そういえば朝は袴だったのに、今は着物だけだ。
隊服ばかり見ているからか別人のように見える。
簪なんか普段は縁が無い格好をしていると言うのに。


「副長も一緒にどうですか?」

「別に願いなんてねえよ」

「そう言わず」

「……お前は書いたのか?」

「書きましたよ。だから副長も」


そう言って無理矢理筆と短冊を握らされる。
書くような願い事なんて、思いつかない。
強いて言えば、というのならばある。
でもそれを誰もが見る事の出来る短冊に書くとなると話は別だ。
名前を書かなくても筆跡でバレてしまう。


「そんなもん、書けるか」

「副長?何か言いましたか?」

「何も言ってねえよ」


筆と短冊を机の上に置いて賑やかな部屋を出た。




七夕祭りの警備が無事終わり、肩の力が抜ける。
総悟が消えたり山崎がミントンしていたり近藤さんが志村姉について行ったり万事屋に会ったりはした。
だが、事件は何も起こらなかったから結果的には良いのだろう。
ぼんやり今日の事を考えながら縁側を歩いていると煙と炎が見えた。
炎の前に名前が座っていて、ジッと燃えていくのを見つめている。
短冊や七夕飾りだろう紙が次々と燃えていく。


「気配がすると思ったら、副長でしたか」


不意に名前が此方を向いたと思ったら、そんな事を言われた。
別にずっと見ていた訳ではないのに後ろめたく感じるのは何故だろうか。
そんな感情を振り払いながら草履を履いて縁側を降りる。
しゃがんでいる名前の隣に立ち、煙草に火を点けた。


「何で一人でやってんだ」

「警備で疲れてると思いまして」

「お前だって同じだろ」

「私はずっと松平さんの側でしたから」


楽でしたよ、と言って名前がまだ炎に包まれていない短冊を放り込む。
あっという間に炎に包まれた短冊は灰へと姿を変えた。
チラリと名前を見ると炎に照らされて顔が橙色に染まっている。
いつもの浴衣姿なのにやけに綺麗に思えて慌てて視線を戻した。


「そういえば副長」

「ん?」

「副長の願いの中には、どこまで含まれてるんですか?」

「……お前、見たのか?」

「さあ、どうでしょう」


見られないように誰も居ないのを確認した筈なのに。
幾ら問い詰めても名前は笑うだけだった。




(20140711)
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