「ふくちょー!危ないですよー!」
そう忠告してあげたのにも関わらず沖田さんの投げたジャスタウェイが副長の部屋に投げ込まれた。
ていうか、あれ局長が作ったとか言っていたけどあの人まだ記憶喪失なんだろうか。
まあ普段は居ても居なくても別に真選組に何か影響がある訳じゃ無いから良いんだけど。
それよりも本来の使用目的の通り爆発したジャスタウェイの餌食になった副長は無事なんだろうか。
「総悟!!!」
スパン!と勢い良く開いた障子の向こう側から黒焦げの副長が出てきた。
そしてそれと同時に隣から舌打ちが聞こえてきて、沖田さんが走り出す。
それを追い掛けて黒焦げの副長が走っていく。
今日も江戸は平和そうだ、とその後ろ姿を眺めて腕を伸ばした。
「やあ、名字さんおはよう御座います。今日も良い天気ですね。こんな日は良いジャスタウェイが作れますよ」
「作らなくて良いから早く記憶取り戻して下さい局長」
「局長だなんて!僕は世界一のジャスタウェイ職人を目指す男!」
ビシッと何故か太陽を指差して爽やかな笑みを浮かべる記憶喪失中の局長。
思わず出そうになった溜息を飲み込んで局長をUターンさせる。
もうジャスタウェイでもなんでも良いから大人しくしていて欲しい。
吸い殻を捨てた灰皿を机の上に戻してなるべく皺を伸ばした書類を乗せる。
多少室内に焦げた箇所があるものの、こんなものだろう。
盛大に破れてしまった障子はまた道具を揃えてから直せば良いか。
「部屋、綺麗にしてくれたのか」
「あ、お帰りなさい。障子は道具を取りに行かなきゃいけないのでもう少し待って下さいね」
「ああ」
座って煙草に火を点けた副長は綺麗になったばかりの灰皿を引き寄せた。
お茶でも淹れて来ようかと立ち上がると書類を捲る音が聞こえてくる。
仕事をするなら邪魔をしてはいけないので足音を立てないように廊下へと出た。
ラケットを振っている山崎さんが見えたような気がするのはきっと気のせいだろう。
湯呑みを机に置くと灰皿には既に三本の吸い殻があった。
このペースなら、また後で捨てに来ないと夜には一杯になってしまう。
一言断ってから障子を外して濡らしたタオルで桟を濡らしていく。
副長に嫌がらせをするのを止めようとは思わないけど爆発物は辞めて欲しい。
毎回障子の貼り替えをする訳じゃないにしても流石に回数が多過ぎる。
剥がし終えて乾かしている間にお茶のお代わりを淹れたり頼まれた手紙を出しに行ったりして乾いたら糊を塗って障子を貼っていく。
明らかに貼る腕前が上がっているのは流石に自分でも解る程。
別に私は副長の補佐でも秘書でも無いのに、おかしい話である。
「お前、見回りは?」
「今日は当番じゃないですよ。沖田さんが行ったんじゃないですか?」
「……だと良いがな」
沖田さんの事だから、もしかしたらサボっているかもしれない。
その事はきっと副長が一番よく解っているだろう。
難しい顔をした副長はペンを置いて煙草を灰皿に押し付けた。
「どうしたんですか?あ、障子貼ってたの気になりました?」
「いや、別に」
「そうですか?じゃあ、貼り終わったので私は部屋に戻りますね」
道具を纏めて立ち上がると障子が少しだけ弛んでいるのが目に入る。
気になるけれど貼り直すのも面倒だしきっとまた直ぐ駄目になると思う。
副長は気付きそうだけど、気付かなかったって事で良いかな。
「う、わっ……!吃驚した。いきなり後ろに立たないで下さいよ」
「それ位気付くだろ」
「ちょっと考え事してたんです」
「そうか」
副長が障子に気付かないように、とさり気なく移動する。
すると副長の視線が追い掛けてきた。
「副長、どうしたんですか?」
「あ?」
「何で凄むかな……何か、ご用なんじゃないんですか?」
そう尋ねると途端に視線を彷徨わせ始める。
何かがおかしいと思ったら煙草をくわえていない。
煙草でも無くなったのかと思ったけれど、新しいのを引き出しにしまったのを思い出す。
今まで引き出しにしまってあったのはジャスタウェイに燃やされてしまったのだ。
それを副長も知っている筈だから煙草ではないだろう。
じゃあマヨネーズか?と思ってみても此処には元々マヨネーズは無い。
他に何かあったかと考えてみてもラケットを持つ山崎さんしか浮かばなかった。
そんな風に思考を巡らせている間に心の準備が終わったらしい。
名前を呼ばれたので返事をすると小綺麗な箱が差し出された。
差し出されたという事はきっと受け取れという事だろう。
一応受け取ってみると今度は開けろと言われた。
「扇子、ですか?」
「この間壊れたって言ってただろ」
「ああ……よく覚えてましたね」
「偶然見掛けたんだよ。障子の礼だ」
そう言って副長はふいっと顔を背ける。
広げてみると桜が描かれていてシンプルなデザイン。
これから暑くなるから買わなければと思っていた。
副長自らこれを選んだなんて、一体どんな顔して買ったのだろう。
「有難う御座います。扇子、大事に使いますね」
「ああ」
そう言って副長は何だか嬉しそうに笑った。
原因は解らないけれどご機嫌が良くなったらしい。
机の前に座って書類に筆を走らせ始める。
この分なら障子の事は気付かれないだろう。
それならば早く退出するに限る。
(20140514)
君は気付かない