隣を歩いていた筈の名前の姿が見えなくなった事を不思議に思い、振り向いた。
何をしているのかと思えば少し離れた場所で、とある一点をジッと見つめている。
その瞳が不意に動き、振り向いている俺を映した。


「土方さん、見て下さいよ。笹飾りです」

「あ?」

「短冊、書けるみたいですよ」


ひらひら、俺の目の前で短冊を振る。
筆を持ち上げたところで細い腕を掴んだ。


「何ですか土方さん。あ、もしかして先に書きたいんですか?それならそうと言って下さいよ」

「違えよ。お前今見回りの最中だって解ってんのか」

「でーもー!七夕は今日なんですよ?今しかチャンスは無いんです!」

「そもそも真選組隊士がそんな願い事なんか名前付きで書くかよ」

「あの、土方さんこれ近藤勲って書いてありますけど」


お妙さんと結婚出来ますように、と書かれている短冊。
思わず引きちぎろうと伸ばした手は名前によって阻まれた。
女の癖に力があるのは流石真選組隊士と言うべきか。


「土方さんも書いたら良いじゃないですか。実名が嫌ならトッシーで」

「アイツは成仏しただろうが」


まあまあ、とにこにこ笑いながら俺の手に無理矢理短冊と筆を押し付ける。
書くとも許可するとも言っていないのに名前は既に筆を走らせていた。
それを見ていたら、恥ずかしいから見ないで下さい、と隠される。
別に短冊なんて吊すんだから見ようと思えば幾らでも見られるし覗き見るつもりも無い。
何とも言えない気持ちで書き上げて吊すと同じ様に短冊を吊し終えた名前が戻ってきた。


「……土方さん、嫌だって言う割には土方十四郎って書いてるじゃないですか」

「手が滑った」

「てゆうか、マヨネーズなら私が買ってあげますよ」

「うるせえ。見回り再開すんぞ」


名前は七夕飾りを一度ジッと見つめてから隣に戻って来た。




書類が溜まっている名前を置いて午後の見回りに出掛ける。
午前とは違う道を通ろうとしていたのに、気が付いたらあの七夕飾りの前に居た。
さっきまでは置いてあった短冊と筆も無くなり、今では吊されている分だけ。
名前が吊していた場所を思い出しながら短冊を探すと大分奥の方にあった。
見慣れた少しだけ丸い文字で書かれている名前の願い事。


「アイツ、こんな事」


煙草の煙を一気に吐き出して自然と上がる口角をそのままに短冊を元に戻す。
七夕の願い事なんざ叶わないと思っていたが、名前の願いはきっと叶うだろう。
俺は近藤さんが居る限り真選組副長を辞めるつもりは無いのだから。




(20130707)
この先もあなたの元で働けますように
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -