ゆらゆら、立ち上る紫煙をぼんやり彼の布団の中からと眺める。
それは次から次へとどんどん空気中に消えていく。
向けられている背中になんとなく伸ばした腕で触れた。
もう体の殆どが布団から出てしまってひやりと冷えた空気に晒される。
「どうした?」
「なんでも」
振り向きもしないまま問われて私の答えにもやはり振り向かない。
冷えていく体を震わせながらズルズルと近付く。
背中に両手と頬をくっつけるとよく知った匂いがした。
普段は余り好きではない煙草の匂いも彼の物は何故か落ち着く。
不思議だけど、それはやはり好きという気持ちのせいか。
くっついた私に先程と全く同じ言葉が降ってきた。
「背中暖かい」
「人で暖を取るな」
「そういうつもりじゃ無いけど」
寂しい訳でも構って欲しい訳でも無い。
ただ、背中が見えていて触れたいと思っただけ。
伸ばした腕で確かめて、満足感が広がる。
ただそれだけの事だった。
呼吸をする度に混ざる煙草の匂い。
確かに此処に、触れられる場所に居る、と安心出来る。
恋人ではない、一方的に想いを寄せただけの関係。
彼はいつ居なくなるか解らない、そういう理由で私の想いを受け取ろうとしなかった。
けれど、出来るだけ一緒に居てくれたりする彼は、とてもとても優しい。
だから手の届く範囲に居る今の私はとてもとても幸せ。
「おい、何か羽織れ。風邪引くぞ」
「としが暖かいから平気」
呆れたように振り返ると出来た空気の流れによって紫煙が渦を作る。
それは一瞬でまた同じようにゆらゆらと立ち上るだけ。
ばさりと掛けられたのは彼の羽織りで、これも煙草の匂いがする。
前からも後ろからも彼の匂いがしてなんだか泣きそうになってしまう。
誤魔化すように腕を回すとその上を暖かい手が撫でていく。
「名前、お前にはもっと良い奴だって居るだろう?」
「としが良い」
「こんな奴、好きになっても良い事なんかねえぞ」
撫でるだけだった手が今度は摘んだり指を絡めたりし始める。
指の先でなぞられると擽ったくて手を引っ込めたくなってしまう。
けれどそうすると直ぐに手首を捕まれて逃げられない。
「綺麗じゃねえし、嫌われ者だし、いつ死ぬか解んねえし」
「オタクだし?」
「それはトッシーだ」
話を逸らすな、と指が手の甲をなぞるように動く。
なんとか手を動かして彼の指に自分の指を絡めた。
その瞬間、彼の腕がピクリと反応する。
「としを好きでいて悪い事なんか無いよ。だってこうしてとしに触れる」
「……馬鹿だろ」
煙草が灰皿に押し付けられて最後の煙が上がった。
振り向いた彼の腕の中に飛び込めば抱き締められる。
私の前だけかは解らないけれど、隊士には決して見せない姿。
肩口に埋められた頭を撫でながら広がる幸せを噛み締める。
(20130611)
紫色の依存心