ビル、と呼ぶ声が聞こえたような気がした。
振り返ってみても側には誰も居らず、首を捻る。
生徒は確かに何人も居るけれど誰も此方を向いてはいない。
気のせいかと前を向いた瞬間視界が真っ黒になった。


「ふふふ、大成功!」


真っ黒になったのはローブを被せられていたかららしい。
そのローブを取ると嬉しそうに笑った名前が現れた。
ローブを受け取ってにこにこと此方を見上げている。


「驚いた?」

「ちょっとね」

「えー!ちょっとなの?」

「うん、ちょっと」


嬉しそうにしていた顔が一気につまらないという顔に変わった。
驚くも何も、これが初めてじゃないのだけど。
心の中でそう呟いてローブをぐちゃぐちゃとしている名前の手からローブを奪い取る。
絡まっていたローブを一旦広げて畳んで名前に返した。


「名前、この間もローブを畳んだよ」

「自分で畳めるもの。ビルが自主的に畳んでくれるから」


頼んでないもん、とローブを胸に抱えてそっぽを向く。
自然と伸びた手で名前の頭を撫でると此方を向いてへらりと笑う。
この笑い方が名前らしくてとても好きだといつも思うのだ。


「ビル、図書館行くの?」

「ううん。ちょっとフリットウィック先生に用事があってね」

「ふーん……私も行って良い?」

「直ぐ終わるか解らないよ?」

「良いの。行こっ」


差し出された名前の手に自分の手を重ねる。
制服ではなく私服だとまるでデートしているような気分。
残念ながら周囲の景色は見慣れたホグワーツの城内。
天気が良く校内に人が余り居ない分、静かではあるけれど。


「どうしたら吃驚させられるかなぁ」

「まだ諦めてないの?」

「諦めてないの。ビルったら全然驚いてくれないんだもん」


名前は昔からどうにか驚かせようと色々と仕掛けてくる。
フレッドとジョージの悪戯に慣れているからなかなか驚かない。
寧ろ名前の悪戯は可愛いとすら思える。
大体が今日みたいに驚かせる事ばかりなのだ。


「そうだなぁ……名前からキスしてくれたら驚くかな」

「それはまた別の話じゃない」

「でも驚くよ」

「そうじゃないのよ」


眉間に皺が寄った名前のこめかみにキスをする。
はにかんだ名前が可愛くて握っている手に少しだけ力を込めた。




フリットウィック先生にお土産にと貰ったキャンディー。
ボーッと眺めながら研究室から出ると名前が立ち上がった。
どうやら待っている間にローブを着たらしい。
真っ黒な名前に近付くとまた視界が真っ黒になった。


「名前、女の子なんだからローブ捲り上げるのは良くないよ」

「ビルしか見てないもの」


頭に被せられたローブを取ると背伸びしていた名前の背が元に戻る。
手を離されたローブはすとんと落ちてまた名前は真っ黒になった。
頭を撫でるとまたへらりと笑う。


談話室までの道程も手を繋いで歩いた。
流石に談話室に入る瞬間には離されてしまったけれど。
暖炉の前のソファーに座るのだろうと思った。
そこは名前のお気に入りの場所でよく居眠りをしている。
けれどそこには座らず慣れた足取りで男子寮への階段へ向かう。
そんな名前の後を追いかけて自分の部屋に入るとルームメイトがニヤリと笑って出て行った。
背後でパタンという音がしたのとボフンと音がしたのはほぼ同時。


「名前、ローブ脱いだら?」

「うん」


ベッドにダイブしたままの体勢でもぞもぞと動く。
脱ぎ捨てられたローブを拾って椅子に置くと手を引かれた。
バランスを崩して、それでも自分の体で名前を潰さないように腕を伸ばす。
腕の中で此方をジッと見上げる名前の顔が少しずつ近付いてくる。
自然と閉じていた目を唇が離れるのと同時に開く。


「ごめん名前。驚かなかった」

「えー!ビルが驚くって!」

「驚くより嬉しくて」

「……じゃあ、良いかな」


またへらりと笑った名前の顔に掛かった髪の毛を払う。
額にキスを落とすと追い掛けるように名前の顔が近付いて唇に触れる。


「ビル、また今度驚いてね」

「うん、今度ね」


ふふ、と笑った名前を思い切り抱き締めると甘い甘い香りがした。




(20130527)
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