卒業式が終わって、皆が帰ってしまっても私は一人教室に座っていた。
黒板に書かれた皆の落書きも愛しくて自然と口の端が上がる。
けれど同時に寂しさが込み上げて来て息を吐く事で感情を逃がす。


三年間というのは長いようで短かった。
あっという間に今日になってしまったような感覚。
昨日の事のように入学式を思い出す事が出来る。
この教室で過ごせるのも今日が最後。
待ち望んでいたような、来て欲しくなかったような。
携帯のカメラを起動させて自分の席から黒板を写す。
いつかこんな事もあったと笑いながら見る日が来るだろう。
この席からこんな景色が見えていたのだ、と。


携帯を机に置いて卒業アルバムを開く。
皆から書いて貰った寄せ書きも宝物だ。
ノリノリで書いてくれたり、渋々書いてくれたり。
書かれている内容だけ見てもとても個性が強い。
楽しくて個性的な大好きなクラス。


「まだ居たのか、名前ちゃん」

「先生」

「あいつらと集まるんじゃねーの?」

「それは、また別の日みたいです」

「…こんな落書きして、消すのは俺なのになぁ」


先生は溜息を吐きながらも何処か嬉しそうに眺める。
無気力で授業中も飴を食べている担任の先生。
教師とは思えない言動をするけれど皆に慕われている。
その理由は皆言わなかったけれどきっと解っているだろう。


「先生も、写真に撮ったらどうですか?」

「あー…そうだなぁ」


私の提案に先生は頷いたけれど実行する気は無いらしい。
私の前の席に座り、広げていたアルバムを覗き込んでいる。
そして書いてある内容に感想を言う事に忙しい。
読まれて困る内容は無いので構わないけれど、先生は楽しいのだろうか。
いつもの死んだ魚のようだと言われる目からは読み取れない。


携帯を取り、カメラを起動させて先生を写した。
シャッターの音に顔を上げた先生は二、三回瞬きをする。
誤魔化そうと曖昧な笑顔を向けて、保存ボタンを押す。


「肖像権って知ってるか?」

「許して下さいよ。卒業のお祝いって事で」

「…卒業か。早いよなぁ」


そう言うと先生は再び黒板の方に目を向ける。
私達は出て行く側だけれど先生は残る側。
先生達は卒業してしまった生徒を思い出す事があるのだろうか。


「お前等は未来があって良いな。若さってやつか」

「先生も若いじゃないですか」

「名前ちゃんが言うと嫌味にしか聞こえないな」

「え?そんなつもりじゃ」

「冗談だ」


クスクス笑いながら先生は私に腕を伸ばす。
その手の行方を追っているとその手は私の頬を撫でる。
驚いて足を踏ん張ると椅子が床を擦る音がした。
先生の手は離れたけれど、直ぐにでも触れられる距離。


「先生?」

「…名前ちゃんは、彼氏居るか?」

「居ません、けど」

「じゃあ、俺の事男として見てみねーか?」


頭の裏に回った手にグッと引っ張られて距離が一気に縮まる。
目の前に先生の肩があって、耳元で先生の声がする。
好きだ、という言葉に一気に心拍数が上がった。
諦めていたというのに、一番嬉しい卒業のお祝い。




(20130315)
君が旅立つその日まで
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