「特に何も無えなー。気を付けて帰れよー」


銀八先生のその一言で一気にガタガタと騒がしくなる教室。
私は動かずに教室から出て行く先生をただただ見ている。
よくある年上の先生を好きになってしまいましたというのが私。
勿論面倒な事は嫌だし相手にして貰える訳も無いので告白なんて以ての外。
先生が教室を出るまでを見送って私はほっと息を吐く。


先生と生徒の恋は世の中よくあるらしいけれど今一信用に欠ける。
実際に教え子と結婚なんて話も聞くからある事はあるのだろう。
けれど私の場合成就だなんて程遠い出来事だ。


「名字」


声を掛けられて振り向くとやはりいつものように立つ土方くん。
剣道部副部長で切れ長の目に綺麗な黒髪を持つ彼はモテモテだ。
勿論、この個性のとことん強いZ組以外のクラスに限った話。
このクラスではモテモテというよりイジられキャラな気がする。
特に沖田くんとか沖田くんとか沖田くんとか。


「何、土方くん」

「いや、呼んだだけだ」


この会話もいつもの事で土方くんはいつもなら部活に向かう。
けれど今日は私の前の席に座った。
何か話があるのだろうかと待つ。しかし一向に何かを言う気配は無く、私は読みかけの本を開いた。
図書館で借りた本は今日返却日だったけれどまだ読み終えていない。
なんとなくという言葉が当てはまる位に開こうと思えなかったからだ。
図書館でタイトルを見た時は読んでみようと思った筈なのに。


周りの音が聞こえなくなる位集中して読み切ると本を閉じる。
そして驚いたのはまだ土方くんが座ったままだった事。
すっかり皆は帰って教室には私と土方くんの二人きり。
外は青空だったのが見事に綺麗に赤く染まっていた。
私が本を閉じた音で気付いたのか土方くんが顔を上げる。
夕陽に照らされて半分影になった端正な顔立ち。
土方くんに想いを寄せる子が見たらきっと堪らないのだろう。


「読み終わったのか?」

「うん」

「そうか」


頷いて口を閉ざした土方くんに首を傾げながら鞄に教科書を入れていく。
今日は銀八先生の授業で課題が出たからちゃんと教科書を確認。
銀八先生の課題は何よりも優先させて完璧に終わらせるのがこだわり。
全く気付いても貰えないであろう私なりのアピールだった。
鞄のファスナーを締めて立ち上がり、土方くんを見る。
真っ黒な目が此方を真っ直ぐにジッと見つめていた。


「私、帰るね」


ひらひら、と手を振って私は教室の出口へと向かう。
筈だったのだけどひらひらさせた手を握られていて動けない。
土方くんはどうやら手を見ているらしく下を向いている。
やはり何か話があるのだろうと待ってもやっぱり何も言わない。
図書館に寄らなければならないし、どうしようかと考え出した時、土方くんが顔を上げた。


「どうして、あんな奴が好きなんだ?」

「え?」

「坂田…好きなんだろ?」


土方くんの言葉に頷くでもなく首を振るでもなく俯く。
どうして知っているのだろうとか誰にも言ってないのにとか言葉は浮かぶけれど音にはならない。
尤も、お妙ちゃんはなんとなく気付いてるような気もするけれど。
掴まれている手に力が込められて私の手は痛いと伝えてくる。
離してくれるかと軽く引いたら逆に力が強くなってしまった。


「俺は名字が好きだ」

「土方くん」

「あいつより、俺を好きになれよ」


どうして私なのとか私は先生が一番とか言葉が浮かんでは消えていく。
土方くんの手が私の手を離したので、引っ込める。
強い力で掴まれていたからか少しだけ赤くなっていた。
それを隠すようにもう片方の手で軽く握る。
土方くんは何も言わないし私を見る事もなく俯いていた。
驚きで多分正常に動いていない思考回路をそのままに私は先程と同じ台詞を吐く。
ひらひら、と手を振って今度こそ教室の出口をくぐる。
図書館に行って、本を返すよりもまずは落ち着かなくてはならない。




(20120830)
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